第374回・鵠沼サロンコンサート

室内楽の注目すべきコンサートが目白押しの6月、穴場と言える鵠沼では5日「イタリアの名花」フランチェスカ・デゴのリサイタルが行われました。名花、と言ってもドイツ・グラモフォンと専属契約を結んだことで話題のヴァイオリン奏者。
パートナーを組むのは、同じフランチェスカでもフランチェスカ・レオナルディ。全集が完成したばかりのベートーヴェン・ソナタ集でコンビを組む二人です。
鵠沼の演目は、木曜日に武蔵野、10日の日曜日でも上大岡で開く演奏会と同じ以下のもの。前半に大きなソナタを置き、後半は華麗なテクニックを聴かせる比較的短い作品という典型的なリサイタル・プロでした。

ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ第9番ト長調作品47「クロイツェル」
     ~休憩~
ストラヴィンスキー/イタリア組曲
カステルヌオーヴォ=テデスコ/ロッシーニのオペラ「セヴィリアの理髪師」よりロジーナとフィガロ
ラヴェル/ツィガーヌ
 ヴァイオリン/フランチェスカ・デゴ Francesca Dego
 ピアノ/フランチェスカ・レオナルディ Francesca Leonardi

今回は2017-18シーズンの最終回、実は密かに最も期待していた会でした。密かに、というのは全く初めて聴く人ですが、大物ではないかという予感に基づくもの。外れた時の用心に公言はしませんでしたが、この予感は見事に当たりましたねェ~。実に素晴らしいヴァイオリンに遭遇できました。改めて鵠沼・平井プロデューサーに感謝すること頻りであります。

冒頭、プロデューサーからソリストについての紹介。今回が二度目の来日で、初来日の時は東京交響楽団(指揮はルスティオーニ)とショスタコーヴィチの第1協奏曲を演奏し、それが大変に堂々たるものだった由(このあと九響とも同じ作品を披露しました)。直ぐに招聘の交渉に入り、大変だったものの実現に漕ぎ着けた、とのことでした。
また、近年はCDの売り上げが急速に落ち、レコード会社が多くの演奏家との契約を打ち切る中、名門中の名門ドイツ・グラモフォンが新たにデゴと専属契約。その衝撃でも話題になっていたようで、この日もサロンで完成したばかりのベートーヴェン全集(バラ売りですが)が並べられていました。私もつい興奮し、デビュー・アルバムのパガニーニ/カプリスをゲット、サインもおねだりしてしまいましたよ。彼女の素敵なホームページはこちら↓

https://www.francescadego.com/

冒頭のベートーヴェン、最初はこんなに聴き手との距離が近いサロンに緊張してか多少固さもあったようですが、第1楽章のヴァリエーションでは伸びやかなヴァイオリンを披露。第3楽章冒頭、フランチェスカ(レオナルディの方)が奏する ff のイ長調和音がサロンを揺るがすと、ヴァイオリンとピアノが対等にぶつかり合うプレストが疾駆します。最後の決然とした終わり方は、デゴの真骨頂でしょうか。いきなりのメイン・ディッシュに会場も思わずザワついた程でした。

休憩は思わず外に出て、ソフト・ドリンクを一杯。後半の超絶技巧に備えます。

最初のストラヴィンスキーは、バレエ音楽「プルチネルラ」をアレンジしたもの。昔ピアティゴルスキーがチェロ用にアレンジしたものをよくLPで聴いていたものですが、今回はヴァイオリンとピアノ用にアレンジされたもので、久々に耳にしました。ストラヴィンスキーと言ってもバロック作品に現代風な衣裳を纏わせたもので、耳に快いメロディーが次々と登場。序奏→セレナータ→タランテラ→ガヴォットと変奏→短いスケルツォ→メヌエットと終曲の6曲があっという間に進行し、デゴの完璧なテクニックに目と耳を奪われてしまいます。特にカッコよかったのはリズムが面白いタランテラと、徐々にスピードを上げていくフィナーレでしょう。

デゴが譜面台を置いて弾いたのは、ストラヴィンスキーまで。ここで譜面台を奥に移すと、次に暗譜で弾き始めたのが、カステルヌオーヴォ=テデスコがヴァイオリンとピアノ用にアレンジしたロッシーニの音楽。ロジーナの最初のアリア「今の歌声は心に響く」とフィガロ登場時のアリア「私は町の何でも屋」がオペラ同様テクニックも鮮やかに歌われ(弾かれ)る小品ですが、テデスコのタイトルでは最初のものが「ロジーナ」、次が「フィガロ」となっているようですね。
確か「フィガロ」はハイフェッツが得意としていたと記憶しますが、「ロジーナ」は初めて聴きました。もちろんアリアそのものは隅々まで知っているので旧知の展開ですが、デゴの魅力的なヴァイオリンに圧倒されっ放し。思うに、デゴが優れているのはアーティキュレーションの見事さと自然感でしょう。これは訓練で会得したというより、彼女天性のものじゃないでしょうか。2曲ともに感嘆の声を伴って大拍手・大喝采。

最後は勝負曲、ツィガーヌ。ヴァイオリンのリサイタルでは定番で、鵠沼でも何度も響いていますが、冒頭のG線が鳴り出すと、リスプリ・フランセそのものが唸りを発しているよう。期待通り、いやそれを遥かに上回る二人のフランチェスカ、デゴとレオナルディのリサイタルが幕を下ろしました。アンコールが無い訳はなく、今回は先ずブゾーニのバガテル第2番、そしてもう1曲、フォーレの「夢の後に」が演奏され、聴き手の耳と心に幸せな充足感が広がります。
ブゾーニ作品は、“エッ、そんな曲があったの”と思ったほどに初体験で、帰宅してペトルッチで楽譜をダウンロードしてみると、4つのバガテル作品28という作品集の第2番「小さなムーアの踊り」という極めて短いもの。正にアンコールには最適で、奏者と同じイタリア人の作品ということでもあるのでしょう。フォーレでは美しい楽器の音色とデゴの抒情性と歌心が楽しめましたが、寧ろ彼女(たち)の真の姿はこちらにあるのかも知れません。

サイン会も終えて会場を去る時、プロデューサーに当夜の楽器を尋ねると、フランチェスコ・ルジェーリの1697年製とか。彼女はレオンハルト・フローリアン楽器商会から1734年製グァルネリ・デル・ジェス「Exリッチ」(かつてルッジェーロ・リッチが使っていたもの)とフランチェスコ・ルジェーリを貸与されているそうですが、本人はこの日の楽器の方が気に入っているのだそうな。
“エッ、あのデゴが鵠沼で弾いたんですか?”という伝説になりそうな予感のする一夜でした。こんな至近距離で、楽器の音色が体全体に沁み込んでくるような体験は極めて貴重、鵠沼ならではの幸福な2時間です。

ところで鵠沼サロンコンサート、この9月で28周年を迎えます。会場でも新規会員の募集を始めていましたが、本格的で最高レヴェルの音楽家たちによる至近距離でのコンサート。これほど贅沢な演奏会は他に無いでしょう。
新シーズンは8回で年会費3万3千円。半年会員(9月から12月まで4回)というのもあって、こちらは1万8千円。コスト・パフォーマンスと言う視点からは会員になった方が遥かにお得です。鵠沼海岸駅へのアクセスを不安視される方もあるでしょうが、東海道線の東京・品川・横浜などに近い方は心配無用。新宿からも小田急で1本。藤沢で下車し、連絡通路で小田急爰島線に乗れば、僅か2駅目。最初は地図を頼りに、ということになりますが、一度体験すれば病みつきになることは、私共が生き証人です。
詳しい日程、出演者等はホームページでご確認ください。

https://kugenumasalonconcert.jimdo.com/

 

 

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