日本フィル・第345回横浜定期演奏会

2月は毎年恒例の九州ツアー、4月にヨーロッパ・ツアーを控えている日本フィル、3月は二つの楽旅に挟まれて横浜・東京共に初顔合わせの指揮者が続きます。先ず横浜は≪輝け!アジアの星≫シリーズの第11弾として、シンガポール出身の逸材ダレル・アンが初めて日本フィルの指揮台に立ちました。迎えたソリストも同じくアジアの星シリーズでしょう、私は今回が初体験となる周防亮介君を聴きます。曲目は以下のフレンチ・プログラム。

マイアベーア/歌劇「予言者」より「戴冠行進曲」
ラロ/スペイン交響曲ニ短調作品21
     ~休憩~
ドビュッシー/牧神の午後への前奏曲
ラヴェル/バレエ「ダフニスとクロエ」第2組曲
 指揮/ダレル・アン Darrell Ang
 ヴァイオリン/周防亮介(すほう・りょうすけ)
 コンサートマスター/田野倉雅秋
 ソロ・チェロ/菊地知也

日本フィルにとって3月はシーズン後半の開始月で、横浜名物のプレトークは奥田佳道氏。フランス音楽でどんな解説をされるのか、勝手に予想しながら開場の列に並びました。
ホールに入って目に入ったのは、所狭しと並べられた収録マイクの数々。テレビ・カメラは見当たりませんでしたから、恐らくCDの収録かFM放送の録音があったのでしょう。奥田氏もマイクを避けるように、というか押し出されるように指揮台の真ん前に立って解説されていました。曰く“ひな祭りのお内裏様みたい”。

今回のフランス音楽プロ、後半こそ定番の2曲が並びましたが、前半はナマ演奏では聴かれる機会が少なくなった名作が選ばれました。そもそも冒頭のマイアベーアって、コンサートで聴いたことがあったっけ?
この辺りを含めてのオーケストラガイド、奥田氏は態々2000年に行われた上演を聴くためにウィーン入りしたそうで、その時はドミンゴ/バルツァのコンビ、指揮はかつて日本フィルでもフランクなどの名演を聴かせてくれたマルチェロ・ヴィオッティだった由。今は彼の息子氏が東京交響楽団に度々客演していますから、時の流れは速いもの。
今回の指揮者はナクソスにマイヤベーア管弦楽曲集なるアルバムを録音しているそうで、単なる食前酒ではなさそう。氏の解説は、フランスのオペラは5幕構成、バレエが入るスペクタクルが定型のスタイルで、ロッシーニのウィリアム・テルもその先駆けであると紹介されました。

続くラロ、これもドイツとは違うフランスならではの協奏曲パターンがあって、ラロ作品と並ぶ人気曲のサン=サーンスでも伴奏オケの編成、特に管楽器が活躍するのが聴き所。
奥田氏は流石に古い習慣にも詳しく、以前は全5楽章の内、真ん中の第3楽章インテルメッツォをカットして演奏する習慣があった事にも触れてくれました。何でもサラサーテがカットしたことが伝統として続いてきたようで、彼が一番魅力的な楽章をカットした理由は何だったのか、歴史詮索しても面白いのではないか、という見解。
個人的な回想を付け加えれば、私がクラシック初心者だったころは、この曲のLPはレコード店などでは「交響曲」に分類されて並べてありましたね。本来なら協奏曲の棚に置くべきでしょ、などと知ったかぶりをしましたが、タイトルの他に4楽章として演奏していた慣習が、何故に交響曲なのかの原因の一つだったかもしれません。愛聴していたグリュミオーも第3楽章カット盤でしたっけ。

後半の2曲に付いては、フルート・ソロが話題。特にドビュッシーは作品の出だしに命を掛けていたそうで、当時の楽器ではくぐもった音色になるC♯で始めるのはドビュッシーの意図だったそうな。確か「ドのシャープ」というのは運指も特殊で、キーを全て開放して吹くのですよね? 今日は真鍋首席の妙技を鑑賞しましょう。
もう一つ、牧神の最後で活躍するアンティーク・シンバルについても紹介。あの小さな一対がホールに響く空気感は何とも言えず、ライヴの醍醐味の一つでしょう。そう言えばこの楽器、早くはベルリオーズも使っていましたし、フランス音楽の伝統なのかもしれません。

ガイドのレポートが長くなりましたが、日本フィルと初コンビとなる指揮者についても触れなければなりません。プログラムに掲載されたプロフィールによると、ダレル・アンは10代でウィーンに渡り、サンクトペテルブルク音楽院を首席で卒業した由。ブザンソンのコンクールで優勝したと言いますから、日本人にもお馴染みのエリート・コースでしょう。既にN響、読響、新日フィルを振っているそうで、確か読響とは川崎のサマー・ミューザに登場していました、よね? N響はオーチャード定期でしたっけ。最近の活躍に付いては自身のホームページを検索してください。

https://darrellang.net/

そのダレル・アン、冒頭のマイヤベーアのテンポが極めて速いのに衝撃を受けました。更には四角四面に行進するのではなく、要所でフェイントを掛ける工夫も。さすがにCD録音しているだけあって、作品への愛着と拘りが、たった4分の中にも感じられます。これは良い指揮者だ。

続いて登場したのが、異色と言って良いほどの若手ヴァイオリン奏者の周防。その風貌からは想像できないような野太いG線に圧倒されました。
そもそもラロのスペイン交響曲は、譜面を見ても「重音」(同時に複数の音を鳴らす書法)は殆ど出現せず、専ら単音で勝負する協奏曲の様に聴こえます。従ってソリストは音色とメロディーの歌わせ方が勝負じゃないでしょうか。その意味でも、周防が紡ぐ1678年製ニコロ・アマティーは、正に魔性の楽器。私は「彼」を初めて聴きましたが、そのテクニックの見事さはもちろん、ヴァイオリンという楽器そのものが秘めている怪しい魅力(特にG線)を引き出す才能に感服しました。ヴァイオリンそのもの、と言っても良いでしょうか。
アンコールは何と、タルレガの有名な「アルハンブラの思い出」で、ギター作品を無伴奏ヴァイオリンにアレンジしたのが誰かは分かりません。聴きながらふと思ったのは、確か来月の日フィル横浜にはギターが登場する筈。このアンコールから4月の県民ホールにバトン・タッチされるのは偶然でしょうか。

素晴らしかったラロですが、丁寧にバックを支えたダレル・アンにも称賛。その指揮振りはガイドで奥田氏が紹介していたように、師ゲルギエフを連想させるような指揮棒を持った右手先の細かい揺れと、シャルル・デュトワを彷彿とさせるようなボディー・アクションとが合体したもの。動きも全く音楽的で、第2楽章中間部のテンポの揺れを真に的確な棒で指示。恐らくオーケストラのメンバーも弾き易かったのでは、と想像しました。アンは協奏曲も振れる指揮者、なのでしょう。

アンがその実力を最大限に見せ付けたのが後半。指揮者にとって難曲のドビュッシーを鮮やかに纏め、本命ラヴェルではそのしなやかな感性で客席を魅了しました。
特に冒頭の夜明け、オーケストラ全体が小節毎に寄せては退いて行く大波のようなうねりが素晴らしく、この指揮者は只物ではない、と思わせます。そして歌うが如きコントラバス。

ソリストのアンコールがあっても時間は未だ8時には余裕。オーケストラのアンコールは素敵にも、サティーのジムノペディーをドビュッシーがオーケストレーションした第3番(ドビュッシーによるオーケストラ版では第2番)。シンバルの不思議なトレモロ(福島氏の妙技)がホールを魅了します。
アンコールも含めてアジアン・テイストのフランス料理。私は腹八分で大満足でしたが、みなさんは如何? 最後のカーテン・コール、名フィルからゲストで参加した田野倉コンマスも含め、指揮者ダレル・アンもすっかり日本フィル流に馴染み切っていたように見受けられました。

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