日本フィル・第701回東京定期演奏会
日本フィルの東京定期、6月は次の100回に向けての第1歩となる第701回、首席指揮者インキネンがメンデルスゾーンを中心にしたプログラムを披露しました。先週行われた横浜定期とセットになっているメンデルスゾーン特集でもあります。
横浜が北のイギリスを舞台にした作品で固められていたのに対し、こちらは南のイタリアがテーマ。良く考えられた次のプログラムです。
シューベルト/イタリア風序曲第2番ハ長調D.591
メンデルスゾーン/ピアノ協奏曲第2番ニ短調作品40
~休憩~
メンデルスゾーン/交響曲第4番イ長調作品90「イタリア」
指揮/ピエタリ・インキネン
ピアノ/サリーム・アシュカール Saleem Ashkar
コンサートマスター/扇谷泰朋
ソロ・チェロ/菊地知也
この演奏会に先立ってインキネンの記者会見が行われたようで、その席で首席指揮者としての契約が2年間延長され、任期は2021年8月までとなった由。ベートーヴェン・イヤーが含まれるため、2020年にはベートーヴェン・ツィクルスが開催されるとあって、これは大きな話題になるでしょうね。そんなニュースが飛び込む中、赤坂に出掛けます。
ところで今回のプログラム、何処かで見たような気がしませんか。そう、古くからの日フィル・ファンなら、かつて同オケに度々客演して聴き手の耳を震撼させたイゴール・マルケヴィッチが何度目かの来日の際、日本フィルと録音した曲目に酷似しているのです。当時のLPはシューベルトの序曲3曲(イタリア風序曲2曲と、アルフォンゾとエストレルラ序曲)とメンデルスゾーンの「イタリア」というカップリングで、スクリベンダムというレーベルがCD化したものが手元にありました。
予習の意味で久し振りにこれを聴いてみましたが、当時の日フィルのアンサンブルは緻密そのもの(もちろん現在もそうですが・・・)。ブラインドで聴けば、とても日本のオーケストラとは思えない仕上がりになっています。そんな感想が笑止千万と思えるほど、日本のオーケストラのレヴェルは格段に上がりましたね。海外のとか、日本のなどという表現は最早死語になった、というのが私の感想。
そのイタリア・プログラム、先ず今回の曲目解説に注目しましょう。プログラム・ノートの筆者は小宮正安氏ですが、氏は横浜定期のプレトークでお馴染みの方(今回は土曜日にプレトークがあるそうです)。今回も専門のヨーロッパ文化史に関する碩学ぶりをふんだんに発揮し、真に判り易いガイドを提供してくれました。これを読めば当夜のプログラムの意図から、作品の特徴に至るまで万遍なく理解でき、近年でも出色の解説と読みました。当欄もこれ以上は付け加えることも無いほど、そのままコピペしたくなるような文章です。
それでも私の拙い感想を書き散らしておくと、冒頭のシューベルトはほとんどロッシーニ。だから「イタリア風」序曲であることに大納得でした。因みにニ長調で書かれている第1番は有名な「ロザムンデ」序曲と同じ素材が使われていて、興味のある方はマルケヴィッチ/日本フィル盤を聴いてみてください。
爽やかに序曲が終わると、ピアノが弾き出されて協奏曲へ。横浜のヴァイオリン協奏曲もそうでしたが、冒頭の序曲と次の協奏曲は編成が全く同じ。極めて標準的な2管編成(フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦5部)で、横浜と違うのはメインの交響曲も同じ編成であることと、東京では弦が対向配置だったことでしょう。イタリアの場合は、この対向配置が効果を挙げていたことを後述しましょう。
さてピアノ、先ず舞台中央に設置されたその姿に驚きます。サントリーホールには常備されていないベヒシュタイン社製のコンサート・グランド。事務局の話では汐留から搬入されたとのことで、同社のピアノ・サロンのツイッターでは今回のソリストが楽器を選定する写真も掲載されていました。こちらをご覧ください↓
https://www.euro-piano.co.jp/dealer/shiodome/
ベヒシュタインと言えば、戦前は主流だったピアノで、リストやブラームスもこれを弾いていたはず。有名な所ではバックハウスが使っていた楽器で、ベームと共演したモーツァルトの27番やブラームスの2番でこの音を聴くことが出来ます。
他にもアルトゥール・シュナーベルの一連のベートーヴェン録音もこの楽器ですし、ホルヘ・ボレのリストもベヒシュタインを使って録音していたと記憶します。スタインウェイとは構造が異なり、全音域での音質の均質性が特徴。これは今回のソリスト、アシュカールにも言えることで、最高音から最低音まで統一した音色が聴かれ、ドイツ音楽には最適のピアノだろうと思慮します。蓋が重いのも特徴のようで、この日もピアノ係が一度で蓋が上がらず、気合を入れて仕切り直ししていました。会場からも軽いどよめきが。
図体の大きいベヒシュタインを弾き切ったのは、これも立派な体格のサリーム・アシュカール。プログラムには明記されていませんでしたが、1976年生まれ、イスラエルのピアニストで、22歳でカーネギーホール・デビューを果たしたそうな。既にシャイイーとメンデルスゾーンの協奏曲2曲を録音していて、2009年のメンデルスゾーン生誕200周年記念ツアーにも参加。今回はインキネンご指名で、メンデルスゾーンを披露するには最適のピアニストでしょう。公式のホームページはこちら↓
そもそもメンデルスゾーンのピアノ協奏曲が取り上げられるのは、かなりレアな機会じゃないでしょうか。どちらかと言えば第1番の方が良く聴かれ(弾かれ)ていますが、私も第2協奏曲をナマで聴くのは今回が初めてだと思います。
2000年までしか記録がない小川昂編「日本の交響楽団定期演奏会記録集」にも記録が無く、定期演奏会としては日本初? まさかそんなことは無いと思いますが、滅多に聴けない佳曲であることは確かでしょう。
メンデルスゾーンのピアノ協奏曲と言うと私には女流ピアニストのレパートリーという印象が強く(偏見じゃありません)、実際に第1番もアイリーン・ジョイス、アニア・ドルフマン、ムーラ・リンパニーなどの録音がありました。今回はそうしたイメージを払拭するようなダイナミックな演奏で、なぜ第2番がほとんど取り上げられてこなかったのか不思議に思うほど。全体は通して演奏され(第1楽章と第2楽章は切れ目なく流れ込み、第2楽章と第3楽章の間はアタッカの指示。今回も休みを入れずに続けて演奏されました)、調整の配慮、ドイツ音楽としてのアイデンティティー、豊かな抒情性を特徴としているのは小宮解説の通り。
特に第2楽章の最後に出る6連音符の刻み(クラリネットとファゴットが中心)はメンデルスゾーンの独壇場で、この手法はイタリア交響曲の冒頭にも使われていることに気が付きました。
何度も礼儀正しく客席の拍手に答礼したアシュカール、アンコールはアンコールはシューマンのトロイメライ。シューマンを弾いたことで、シューベルト、シューマン、メンデルスゾーンの3人旅が完成しました。即ちシューベルトのザ・グレートをシューマンが発見し、メンデルスゾーンの指揮で初演されたという、あの史実ですね。
後半は、これも最近はオーケストラの定期からは敬遠される傾向の第4交響曲。インキネン/日フィルが改めて取り上げてくれたことに感謝しましょう。第1楽章提示部の繰り返しを実行することで、省略したのでは聴けない素敵なブリッジが聴けたのにも大満足。
また対向配置にしたことで、第1楽章第2主題を誘い出す上行音型が第1ではなく、第2ヴァイオリンとヴィオラで奏されることに新たな発見の想い。終楽章での弦5部の受け渡しも同じこと。そうだったのか、メンデルスゾーンという一夜でもありました。
今定期を以て退団するヴィオラの佐藤玲子氏に、インキネンから花束のプレゼント。金曜定期ではかつてのヴィオラOBたちが集結し、演奏会後には佐藤女史を囲んで大いに盛り上がったやに聞いております。
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