日本フィル・第269回横浜定期演奏会

6月は、個人的には室内楽フェスティヴァルでした。オーケストラも聴かなかったわけではないけれど、感動は専ら弦楽四重奏に持って行かれ、つい先月のことながらオケは何を聴いたのか思い出せない有様です。

さて7月は猛暑の夏、節電の夏でコンサート通いには酷な季節ですが、今月こそはオーケストラをたっぷりと味わいましょう。ということで、その第一弾はいきなり本命。我が広上の振る日フィル横浜定期です。以下のプログラムは興味津々、

ドビュッシー(ビュセール編曲)/小組曲
カントルーブ/「オーヴェルニュの歌」より
     ~休憩~
ホルスト/組曲「惑星」
 指揮/広上淳一
 ソプラノ/谷村由美子
 女声合唱/東京音楽大学
 コンサートマスター/物集女純子(もずめ・じゅんこ)(ゲスト)

今シーズン後半からは日フィル横浜も会員になりましたが、出演者は兎も角も、曲目が面白いのが特徴と言えるでしょう。選曲の多彩さでは東京定期を上回るほど。それが立地である横浜の雰囲気にも見事にマッチして、クラシック初心者にもマニアックなファンにも見逃せないシリーズになっているようです。
N響、読響も横浜を需要な活動の場に組み込み始めましたが、プログラムが人心を捉えるという意味で日本フィルが一歩先んじているような気がしますがどうでしょうか。

シーズン最後の7月、1年前に曲目が発表された段階で目を惹いたのが真ん中で演奏されるカントルーブ。CDでこの美しい歌曲集の虜になったメリーウイロウとしては、ナマで聴けるこのチャンスを逃がすことは罷りならぬ、ということでしょう。

ということでカントルーブから。
先ず事務局に、誰が何故これを選んだのか聞いてみると、歌手の谷村由美子を得たこと、びわ湖で共演している沼尻竜典の推薦があったこと、そしてもちろん広上の要望などが一体となり、特に誰がということでもなく実現したようですね。
事前に行われたオーケストラガイド(奥田佳道氏)の漏れ聞こえてきた話では、谷村由美子はフランスの巨匠ミシェル・コルボの強い推薦もあった由。また後で聞いた話では、ご主人もフランス人。ずっとパリ在住で、演奏会終了後のシーズン・ファイナル・パーティーの挨拶でも日本語よりフランス語の方が得意な様子でした。

その済んだ、ノン・ヴィブラートの歌唱は、オペラではなく宗教音楽やバロック音楽に適した声。オーヴェルニュ地方の民謡を、現地の言葉で綴ったこの歌曲集を原語で歌う日本人がいる、と言うこと自体に驚いてしまいましたね。

ユージェル社から出版されているスコアによると、当歌曲集は全5集、27曲から成ります。今回は谷村さん自身が選んだエッセンスとも言うべき6曲。プログラムには詳しい曲集について紹介がありませんでしたが、スコアを参照しながら演奏順に書き出すと、
1.第1集第2曲 バイレロ
2.第1集第3曲 三つのブーレ
3.第4集第6曲 カッコウ
4.第5集第7曲 きれいな羊飼いの娘
5.第4集第4曲 チュッ、チュ(しっ、静かに)
6.第3集第5曲 女房持ちは不幸せ

ということになります。元々これは最初の4集から9曲が纏められて「オーヴェルニュの歌」として知られていたもののようですが、今回の選曲はこれとは異なるようです。指揮者が使っていたスコアは、今回のために特製されたもののように見えました(あくまで推測です)。

歌は期待通り素晴らしいものでした。プレトークで奥田氏が“最初のバイレロを聴いて何も感じない人とは友達になりたくない” と語っていましたし、パーティーで広上も“直ぐにCDを買いたくなる曲” とコメントしていたことに全く同感です。

カントルーブはヴァンサン・ダンディのお弟子さんで、師匠にも「フランス山人の歌による交響曲」があるように、フランス民謡の収集や編曲に独自の才能を発揮。民謡の純朴な美しさも然ることながら、オーケストレーションの繊細で色彩的な響きは鳴った瞬間に人の心を捉える魅力を持っています。
特にピアノが使われるのが如何にもオーヴェルニュ風で、この曲集に独特の味わいを添えていると感じました。(第5集だけはピアノに替ってハープが使われており、4番目に唄われた歌だけは雰囲気が少し異なることに注目)
もちろん「三つのブーレ」に挟まれるオーボエ(杉原由希子)とクラリネット(伊藤寛隆)のソロによるカデンツァには、思わず聴き入ってしまう魅力。

正に適材適所の今回の演奏、カントルーブ・ファンが一気に増えることを期待して止みません。なお、プログラムに添付された対訳歌詞は永久保存版。歌詞からだけでは感じられない「セクシーな魅力」を兼ね備えた歌曲集であることも付け加えておきましょう。

他の2曲もさすがに広上。これらの作品で聴きたい「音楽」を十二分に満喫させてくれました。
冒頭のドビュッシー、最近ではともすると快速調に陥りがちですが、広上はやや遅め、十分にメロディーを歌わせて聴く者の満足感を満たしてくれます。

最後のホルストも同じ。慌てず騒がず、カラフルな大曲を腹の底から味わってもらうことに成功していました。バス・オーボエ、テナー・チューバといった特殊楽器の音色もキチンと聴こえます。
何よりテンポ感が抜群、7曲全てに均等な重量感を持たせているのも立派。胃凭れを起こさず、また聴きたいと思わせる新鮮さ。
何でもないことのようですが、所謂「名曲」と呼ばれる作品には決して奇を衒わず、作品のツボを納得させるような演奏が必要なのです。特に横浜のようなファン層の場合、一部マニアックなファンを狂喜させるようなタイプの演奏は敬遠されると考えた方が自然じゃないでしょうか。

最後の女性合唱は舞台裏で歌うのではなく、バルコニーに登場して指揮者のタクトで歌いました。最後はマエストロが身を屈めるようにして終了。

横浜定期はアンコールがあります。広上のアンコールはいつも意外で適切なもの。今回は何とシベリウスのアンダンテ・フェスティーヴォ。弦楽合奏ながら、最後にはティンパニも加わる佳作です。本編もそうですが、アンコールも加えて大いにお得感を味わえる一夜でした。
これぞ横浜定期の粋、でしょう。来シーズンも継続することにしましたが、人気シリーズで中々良い席の空きがありません。もう少し粘らないと希望の席では聴けそうにありませんな。

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