日本フィル・第686回東京定期演奏会

今年も残す所あと3週間。昨日の土曜日に、日フィルの12月定期を聴いてきました。本来は金曜会員ですが、例によって室内楽を優先させたため振り替えてのコンサート。この秋の日フィル、定席で聴けたのは10月だけという珍しいシーズンになってしまいました。
今年最後ということもあり、同じ定期会員仲間と待ち合わせ、忘年会を兼ねた昼食を共にしてからサントリーホールへ。つい話が長くなり、プレトークは間に合いませんでした。案内の広瀬氏には申し訳ない。

さて12月の指揮者は、やや久し振りの飯守泰次郎。日本フィル登場も何年か振りですが、私がマエストロをナマで聴くのもマルケヴィッチ版ベートーヴェン交響曲全曲シリーズに通って以来じゃないかな。今回はベートーヴェンじゃありません。

湯浅譲二/始原への眼差Ⅲ~オーケストラのための
ブラームス/ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲
     ~休憩~
シューマン/交響曲第3番「ライン」
 指揮/飯守泰次郎
 ヴァイオリン/千葉清加
 チェロ/辻本玲
 コンサートマスター/扇谷泰朋
 フォアシュピーラー/九鬼明子
 ソロ・チェロ/菊地知也

渋いながらも真に良いプログラムで、飯守泰次郎の真骨頂を聴く定期と呼べる風貌のコンサート。名実ともにマエストロの名に相応しい演奏を満喫できました。
幕開けに演奏された湯浅作品は、2005年に飯守氏と日フィルによって世界初演された作品。その時は定期演奏会ではなく、当時日フィルが2月に開催していた現代音楽の特別演奏会だったと記憶しています。2月と言えば日フィルにとっては九州公演の月、湯浅作品による特別演奏会はツアーの前、2月3日にサントリーホールで行われました。
私は湯浅氏の音楽も、飯守氏の指揮も大好きでしたから、これも逃さず聴きました。手元にプログラムも残していないし、ブログも開設していませんでしたから正確な記憶ではありませんが、湯浅氏が好きだというバッハ作品の編曲も取り上げられたはずです。

改めて湯浅譲二を紹介することもありませんが、私にはウィキペディアより出版社のホームページの方が遥かに参考になるので、ショット社のプロフィールを掲げておきましょう。日本語で読めますし、ネ。

http://www.schottjapan.com/composer/yuasa/bio.html

湯浅氏は同じタイトルで連作するケースが多く、管弦楽作品では「内触覚的宇宙」シリーズも有名。その第5番はやはり日本フィルが尾高忠明氏の指揮で初演しています。
一方「始原への眼差」シリーズは、第1番が電子音楽のために書かれたもので、2番と3番が管弦楽作品。2番はショット社からスコアが市販されていますが、第3番は未だのようです。ショットさん、そろそろ出さなきゃいけませんよ。

現代音楽は初演されただけで終わることが多いのですが、言うまでもなく繰り返し演奏されることが大切。その意味でも飯守氏がこの作品を取り上げた意義は大きいでしょう。
それは聴き手も同じことで、一度聴いて作品を理解するのは至難の業。幸い「始原への眼差」はユーチューブで音だけ聴くことが出来ます。予習だけでなく復習も大事ですから、是非この音源で再確認してください。

この音源は1番から3番まで通して流れますが、第3番は28分52秒ころから聴けます。恐らく初演の際の録音かと思われ、時々指揮者のものと思われる唸り声や気合が聴き取れます。恐らく飯守氏のモノと見て間違いなさそうで、これにスコアがあれば完璧ですが・・・。

続いてはブラームスの通称ドッペル。ソロの千葉と辻本は共に日本フィルの首席を務める若手で、この作品を演奏するにはピッタリの存在でしょう。日本フィルでの正式な肩書は、千葉が「アシスタント・コンサートマスター」、辻本は「ソロ・チェロ」。
ドッペルでは世界的なソリストを招くケースもありますが、本来はオーケストラの首席クラスの奏者がソロを務めるのが本来の姿。気心知り合った仲間内の合奏の方が、ブラームスの本意を表現できると思います。作品もソリスティックな協奏曲とは違って交響楽的で、ソロと管弦楽は切り離せません。

かつてジョージ・セルという大指揮者が“ブラームスの交響曲で最も好きなのはどれですか?”と質問された時、“もちろんピアノ協奏曲第2番さ”と答えたという有名な逸話がありますが、もし私が指揮者で同じ質問を受けたら、間違いなく“もちろんドッペル協奏曲さ”と答えるでしょう。それほどに好きなのが二重協奏曲です。
今回も二人のソロはオーケストラに溶け込み、私にとっては理想的なドッペルを聴かせてくれたと思います。第2楽章と第3楽章を続けて演奏したのは、恐らく飯守マエストロの意向でしょう。

メインのシューマンも見事。決して派手な演奏ではありませんが、推進力溢れた如何にもドイツ的な音色がシューマンにピッタリ。本来日本フィルはドイツ的な響きのオケではありませんが、飯守氏の手に掛かると、何年もドイツものに通じてきたオーケストラのような響きに変わるのが不思議。
これは日本フィルの音というより、飯守泰次郎の音と言うべきでしょう。どんなオケを振っても、リハーサルで自分の欲する音に創り上げて行く。それこそが真のマエストロと呼べる資質なのです。正に飯守泰次郎は、マエストロの中のマエストロと称すべき巨匠でしょう。
その独特な指揮スタイルは、「判り難さ」という点でも磨きが掛かり、神憑り状態。意味不明のアタックや、何拍子を振っているのか戸惑うばかりのアクションに、良くオーケストラが付いて行けると感心してしまいます。この判り難さ、実際に体験したことはないけれど、フルトヴェングラーと双璧じゃないでしょうか。

しかし出てくる音楽の素晴らしいこと。ライン交響曲は標題音楽ではありませんが、今夏実際にライン川下りを経験した身としては、猛烈に流れの速いラインを思い出すには最適の第3交響曲でした。
第2楽章から第5楽章までを休みなく、一気に演奏してしまったのも驚愕。これを聴いていて、2~5楽章がライン川の1日の描写ではないかと思ったほど。即ち、「昼のラインの滔々たる流れ」「夕暮れのライン川」「月明かりに古城が浮かび上がる夜のライン川」「日の出、再びラインは流れ、ローレライへ」。なぁ~んちゃってね。

 

 

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