ウィーン国立歌劇場公演「トゥーランドット」

先月22日の神奈フィル以来、コンサートへは一切出掛けていませんので、久し振りのブログ更新となります。演奏会ヘヴィー・ゴアーでもない私でさえ、3月は目下予定していたもの3つが中止、2つが延期になりました。状況によっては更に自粛が増えると思われますので、こんな時に有難いのがライブストリーミングでしょう。
ウィーン国立歌劇場のライブストリーミングは去年の5月からスタートしましたが、中止が続く日本でもびわ湖ホールがこの7・8日に予定していた「神々の黄昏」を無観客で上演し、その模様を無料でライブストリーミングすると発表しています。私見ですが、この方式は平時にも効果を発揮するはず。オペラハウスにしてもオーケストラにしても、例えば有料のライブストリーミングを利用してファン層の拡大に繋げることを考えてみてはどうか。今回の災害を奇禍とし、前向きにビジネス・チャンスと捉えることも可能じゃないか、などと思う次第です。

余計なことはさておき、ウィーンでは幸いに国立歌劇場が平常通り開場されています。3月のライブストリーミング予定はワーグナー vs プッチーニの様相で、ニーベルンゲンの指環全曲シリーズを挟むようにプッチーニの名作が上演されます。その筆頭を切ったのが、現地3月5日に行われた「トゥーランドット」。2月27日、3月1・5・9日と4公演開催の三日目の舞台です。予定通りのキャストは、

トゥーランドット/エレーナ・パンクラトーヴァ Elena Pankratova
カラフ/ロベルト・アラーニャ Roberto Alagna
リュー/ゴルダ・シュルツ Golda Schultz
皇帝アルトゥーム/ベネディクト・コーベル Benedikt Kobel
ティムール/ライアン・スピード・グリーン Ryan Speedo Green
役人/パオロ・ルメッツ Paolo Rumetz
ピン/ボアズ・ダニエル Boaz Daniel
パン/カルロス・オスナ Carlos Osuna
ポン/レオナルド・ナヴァロ Leonardo Navarro
指揮/ラモン・テバール Ramon Tebar
演出、舞台装置及び照明/マルコ・アルトゥーロ・マレッリ Arturo Marco Marelli
衣装/ダグマール・ニーフィンド Dagmar Niefind
映像/アーロン・キッチヒ Aron Kitzig

演出から装置、照明までも一手に引き受けるマレッリの舞台で、いわゆる深読み演出と見て良いでしょう。これまで馴染んできた豪華絢爛、古代中国を意識した演出とは相当に違いますから覚悟してください。
休憩は第2幕と第3幕の間の20分間。

冒頭、指揮者が登場してオーケストラの全奏が響く、と思っていると期待は逸らかされます。幕が上がるとピアノ、書き物机、ベットだけが置かれている室内。アラーニャ演ずる主人公が迷いながらオルゴールを鳴らすと、中国の民謡が聞こえてくる。
そう、これはプッチーニが歌劇「トゥーランドット」を作曲中の一風景で、それをシュルツ演ずるリューが見つめているという寸劇なのです。描かれているのはプッチーニが愛して止まなかったトッレ・デル・ラーゴか、保養地バーニ・ディ・ルッカの一室なのでしょうか。ということは、カラフ=プッチーニを連想させ、これがマレッリ演出の深読みということでしょう。この舞台装置は第3幕の冒頭でも登場し、プッチーニ(実はカラフ)が推敲しながら「誰も寝てはならぬ」を書き上げて、熱唱する。だからこのアリアの後で、客席からの拍手を誘うように音楽を止めてしまのでしょう。つまり、第1幕と第3幕とがシンメトリーの様に対置されている。

もう一つ、今回の演出で特異なのは、三つの謎を解かれて落胆したトゥーランドット姫が自害しようと短剣を取り上げる。姫は自害を思い止まりますが、その短剣を密かにリューが隠し持ち、最後には自害して果てる。
その流れを明確に客席に示しているのは、あるいはトゥーランドットとリューが同じ存在であるということの暗示かもしれません。おっと、これは観戦している私の深読みかも知れませんね。
いずれにしても伝統的な「トゥーランドット」演出とはかなり違います。

コーラスの使い方も独特で、第1幕の群衆へのお触れの場、第2幕の謎解きと群衆が皇帝を称えるシーン、第3幕の歓呼の幕切れなど、合唱団はオペラを観戦している聴衆として外から、言い換えれば客席から見ているように設定されています。視点を変えたトゥーランドットでしょうか。
更に第2幕では、中国雑技団を模したようなアーティストたち10数人によるアクロバットが演じられます。演出上も意味があることと思われますが、私の目には斬新に映りました。 

「トゥーランドット」においては合唱が重要で、特に第1幕、紗幕を使って幻想的に月の出を描く演出は見事だと思います。また2幕フィナーレの合唱では壮大なオルガンが響きますが、これはトスカのテ・デウムと共通すること。ウィーン国立歌劇場のオルガンの響き、それを良く捉えているライブストリーミングの音響面も聴きどころと言えるでしょう。
ピン・パン・ポンの三重唱では振付を使い、コミカルに描いているのも見所。この場面では世相に対する強烈な皮肉が籠められており、字幕を見ていると現代の中国に通ずるところもあって色々と考えさせられました。

改めて感心させられるのが、プッチーニのオーケストレーションの見事なこと。壮大なオーケストラの響きと繊細なソロ楽器とが見事にバランスされており、楽器の組み合わせの妙でもプッチーニ独自の音世界が楽しめます。
現在41歳、スペインの若手指揮者テバールは、昨年秋にもウィーンでドン・パスクワーレ(ライブストリーミングはありませんでしたが)を振っており、これからの注目株と言えそうです。

トゥーランドット姫を歌うパンクラトーヴァは、バイロイト音楽祭にも出演しているロシアのドラマティック・ソプラノ。大きなスケールと重量級の声が、大合唱を突き抜けて聴こえる迫力は流石だと思いました。
リューのシュルツは、新国立劇場の「ばらの騎士」でゾフィーを歌った南アフリカ出身の黒人ソプラノ。弱音で歌う高音部が極めて美しい人で、カーテンコールでも客席からの大喝采を浴びていました。
カラフのアラーニャに付いては改めて触れることもないでしょう。今シーズンのウィーンはカラフ役のみの登場。
ティムールのグリーンはウィーン国立歌劇場のアンサンブル・メンバーで、オテロのロドヴィーコ、トスカのアンジェロッティ、ドミンゴと渡り合ったマクベスのバンクォー、先般のラ・ボエームでもコルリーネを歌い、ライブストリーミング・ファンにとってもすっかりお馴染みになりましたね。

15日からのリングが無事に上演されることを祈りましょう。

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