ウィーン国立歌劇場アーカイヴ(1)

4月初めまでの間、ウィーン国立歌劇場は厳選したアーカイヴを無料でビデオ配信しています。本来3月にライブストリーミングされる予定だったニーベルングの指環とトスカは原則通り3日間の視聴期間が設定されていますが、その他の演目に付いては24時間のみの限定配信。当欄では、その中から興味深かった演目をアットランダムに紹介していきましょう。
こんな事態にならなければ見ることが出来なかったアーカイヴですが、中でも私が真っ先に観たいと思ったのが、18日に配信された「三人姉妹」です。2016年3月18日に行われた同作品のウィーン国立歌劇場での初演の舞台で、タイトルから分かるようにアントン・チェーホフの戯曲をペーテル・エトヴェシュ Peter Eotvos (o は両方ともウムラウトが付く) がオペラ化したもの。以下のキャストで上演されました。

「三人姉妹」(2016年3月18日公演)

イリーナ/アイーダ・ガリフッリーナ Aida Garifullina
マーシャ/マルガリータ・グリツコヴァ Margarita Gritskova
オリガ/イルセヤー・カイルロヴァ Ilseyar Khayrullova
ナターリャ/エリック・ユレナス Eric Jurenas
トゥーゼンバフ/ボアズ・ダニエル Boaz Daniel
ヴェルシーニン/クレメンス・ウンターライナー Clemens Unterreiner
アンドレイ/ガブリエル・ベルムデツ Gabriel Bermudez
クルイギン/ダン・パウル・ドゥミトレスク Dan Paul Dumitrescu
医師チェブトゥイキン/ノルベルト・エルンスト Norbert Ernst
ソリョーヌイ/ヴィクトル・シェフチェンコ Victor Shevchenko
アンフィーサ/マーカス・ペルツ Marcus Pelz
ローデ/ジェイソン・ブリッジス Jason Bridges
フェドーチク/カルロス・オスナ Carlos Osuna
指揮/ペーテル・エトヴェシュ Peter Eotvos
舞台オーケストラの指揮/ジョナサン・ストックハンマー Jonathan Stockhammer
演出/ユーヴァル・シャロン Yuval Sharon
舞台装置/エステル・ビアラス Esther Bialas
照明と映像/ジェイソン・H・トンプソン Jason H. Thompson

バリバリの現代作品ですから、拒否反応を示す方も多いでしょう。それでも二度と無い機会でしょうから、正味2時間弱の舞台を通してご覧になられることをお勧めしておきます。
基礎知識として、チェーホフの「三人姉妹」の荒筋だけでも読んでおかれると理解が早まるでしょう。見始めて暫くは登場人物が誰で、どのような人間関係になっているか皆目見当が付かないかもしれません。それでも最後まで見通せば、全てが理解でき、演奏後の客席からの好評と称賛に共感されると思いますが、どうでしょうか。

このオペラはリヨン歌劇場が委嘱し、1998年にリヨンでケント・ナガノ指揮で初演。世界初演では3人姉妹を男性のカウンターテナーが歌ったそうですが、ウィーンでは女性が歌っています。初演は見ていないので(DVD映像がある由)断言はできませんが、今回の形の方が自然でしょう。もちろん作曲自身が指揮しているのですから、異論はありますまい。

原作は4幕構成ですが、オペラはプロローグと3幕に整理・改訂されています。幕と言っても Act ではなく Sequenz となっており、第1部と第2部の間に休憩が入ります。
3つの部分は夫々タイトルが付されていて、第1部は「イリーナ」、第2部「アンドレイ」、第3部が「マーシャ」となっています。三姉妹の中で長女オリガの影が薄いようにも見えますが、オリガは作品の最後で三姉妹が肩を寄せ合って生きていくことを歌い上げます。スコアではロシア語以外で歌ってはならない、と記されており、一応番号オペラの形式をとっています。

具体的にはプロローグが第1曲、第1部は第2曲から第12曲、第2部が第13曲から第21曲、第3部は第22曲から第26曲と分割。もちろん曲間は休み無く続けられます。

冒頭のプロローグでは三姉妹がブランコに乗って登場し、一家の不幸や苦しみ、将来への不安を語り合います。第1部はイリーナの不幸を描き、原作では主に第4幕に相当するでしょうか。
第2部はアンドレイの苦悩が中心。続けて上演される第3部はマーシャの不倫がテーマで、最後では別れが描かれます(舞台上のオーケストラが演奏)。

登場人物たちのプロフィールをザっと紹介すると、長女オリガは、厳格な教育を受けた教養豊かな女性で未婚。次女マーシャは教師のクルイギンと結婚しているが、夫に不満がある。三女イリーナも独身で、愛のある結婚に憧れている。3人とも、一家が幸せだったモスクワに帰ることを願望しています。
長男アンドレイは長女と次女の間に生まれ、大学教授を目指したが果たせず、役所勤めに甘んじている。アンドレイの妻がナターリャ。結婚後は一家の実権を握っていて、この役はカウンターテナーが演じます。去年初演された「オルランド」で守護天使を歌ったユレナスが演じていますから、記憶されている方もおられるでしょう。

マーシャの夫クルイギンは教師で、妻に嫌われていることを知っていながら、どこまでもマーシャに愛を捧げる。イリーナと結婚することになったトゥーゼンバフは軍人で、イリーナに横恋慕する軍人ソリョーヌイと揉め事を起こして決闘し、殺されてしまいます。
軍人のヴェルシーニンは、妻子があるが家庭内不和を抱えていてマーシャと浮気する。それでも最後は別れる運命にあります。クレイギンは、これに見て見ぬふり。医師のチェブトゥイキンは自分の能力にコンプレックスを持っていて、一家では母の形見である時計を叩き付けて壊してしまいます。ナターリャが年老いた乳母アンフィーサ(歌うのは男性)を追い出そうとしますが、長女オリガが庇うのもエピソードの一つ。

舞台がいくつかのレーンに区分けされていて、交互に動くレーンと不動のレーンが並んでいる。動くレーンには、絶えず人物や装置が下手から上出に向かって流れ続ける。演者たちはそれを巧みに踏み代えて歌ったり、演じたりするのですが、これが絶え間ない時の流れを象徴しているようにも思いました。
イリーナ役のガリフッリーナ、マーシャ役のグリツコヴァを始め、ウィーンの誇る名歌手たちの饗宴を見て、聴いて楽しみましょう。現代作品にアレルギーの無い方は、リコルディから出版されているスコアとヴォーカル・スコアが nkoda で閲覧可能ですから、画面の片方に映像を、もう半分にスコアを表示して鑑賞することもお勧めしておきましょう。少なくとも2回は見てくださいな。

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