ウィーン国立歌劇場アーカイヴ(25)
閉鎖中のウィーン国立歌劇場がアーカイヴ・シリーズとして無料配信を発表した第3シリーズの最終回に当たっていたのが、ベルリオーズの最大作にして最高傑作の「トロイ人」。現地では4月30日に配信されますが、日本では5月1日早朝から見ることで出来ます。残念ながら24時間限定での配信で、出来るだけ多くの方にこの機を逃さず全曲を堪能して頂きたいもの。
全5幕、正味演奏時間4時間強、カーテンコールの喝采が20分という長丁場ですが、多分退屈する人はほとんどいないでしょう。
このオペラは歴史もの、5幕構成、バレエが入るという意味でフランス・オペラの典型ですが、フランス人はベルリオーズに冷たく、作曲者が生存中に上演されたのは、後半の「カルタゴのトロイ人」と呼ばれる部分がカットされて演奏された唯一度の機会だけだったそうです。
全曲の上演はベルリオーズの死後22年目、それも二日に分けてドイツのカールスルーエ(モットル指揮)で行われたのが世界初演だったと記録されています。しかしこれも完全全曲ではなく、一夜で全部をノーカットで上演したのは、何と1957年の英国コヴェントガーデン歌劇場(クーベリック指揮)でのことでした。どちらもフランス人は一切関わっていません。パリ・オペラ座がこの大作を取り上げたのは1960年のこと、ベルリオーズが亡くなって100年近くが過ぎていました。
現在でも、「トロイ人」が上演されるのは事件と言ってよいでしょう。例えば1983年にメトロポリタン歌劇場で上演されたものはLDになり、私もそれで親しんできました。日本では若杉弘が読響で取り上げたのが恐らく一部ながら初演で、その時はフランスでの初演と同じ後半のカット版(演奏会形式)だったと記憶します。
10年ほど前にマリインスキー劇場がサントリーホールで行った公演が恐らく日本での全曲初演でしょうが、本格的な舞台上演は未だ実現していないと思われます。その意味でも、今回ウィーンからの配信は絶好の機会と言えるでしょう。そのウィーンでも「トロイ人」全曲舞台上演は珍しいことで、今回配信される2018年11月4日の公演がウィーン国立歌劇場での初演かも知れません。
全5幕ですが、大きく分けて前半の2幕は「トロイの陥落」とされ、ここで休憩が入ります。後半が「カルタゴのトロイ人」と称される部分で(ベルリオーズは何とか上演しようと、全体を二部に分けて上演交渉していた)、ウィーンでの公演では第4幕と第5幕との間にも休憩があったようです。ただし配信では休憩時間は編集カットされており、全編通すと4時間20分ほど。適宜自分で休憩しながら聴かれることをお勧めします。
登場人物も極めて多く、人間関係を予め調べておいた方が良いでしょう。トロイ編での主役はカサンドラ(ソプラノ)、カルタゴ編はディドン(メゾ・ソプラノ)で、両編を通して英雄となるのがアエネアス(テノール)ということ。後半には前半で登場した人物も亡霊として登場してきます。それではキャストを・・・。
カサンドラ(トロイの王女、預言者)/アンナ・カテリーナ・アントナッチ Anna Caterina Antonacci
アエネアス(トロイの英雄)/ブランドン・ジョヴァノヴィッチ Brandon Jovanovich
コロエブス(王子、カサンドラの許婚)/アダム・プラチェツカ Adam Plachetka
パントオス(トロイの神官)/ペーター・ケルナー Peter Kellner
プリアモス(トロイの王)/アレクサンドルー・モイシウク Alexandru Moisiuc
アスカニオス(アエネアスの息子)/レーチェル・フレンケル Rachel Frenkel
ディドン(カルタゴの女王)/ジョイス・ディドナート Joyce DiDonato
ヘクトルの亡霊/アンソニー・ロビン・シュナイダー Anthony Robin Schneider
エレニュス(プリアモスの息子)/ヴォルフラム・イゴール・デルントル Wolfram Igor Derntl
メルクリウス(神)・兵士/イゴール・オニシュチェンコ Igor Onishchenko
ヘカベ(トロイの王妃)/ドンナ・エレン Donna Ellen
ギリシャの指揮官/オルハン・イルディズ Orhan Yildiz
ヒュラス(水夫)/ベンジャミン・プルンス Benjamin Bruns
アンナ(ディドンの妹)/シルヴィア・ヴェレシュ Szilvia Voros
イオパス(詩人)/パオロ・ファナーレ Paolo Fanale
ナルバル(カルタゴの高官)/パク・ヨンミン Jongmin Park
トロイの兵士1/マーカス・ペルツ Marcus Pelz
トロイの兵士2/フェルディナンド・プファイファー Ferdinand Pfeiffer
指揮/アラン・アルティノグリュ Alain Altinoglu
演出/デヴィッド・マクヴィカー David McVicar
舞台装置/エス・デヴリン Es Devlin
衣装/モリッツ・ユンゲ Moritz Junge
照明/ヴォルフガング・ゲッベル Wolfgang Goebbel
振付/リンネ・ペイジ Lynne Page
一般的に聴かれるのは、トロイ人の行進と呼ばれるマーチと、第3幕と第4幕の間に間奏曲として演奏される「王の狩りと嵐」の音楽でしょう。マクヴィカーのスペクタクルな演出は視覚的にも見事で、トロイの木馬は一見の価値あり。合唱もただ歌うだけでなく、時に振付が加えられているのが如何にもマクヴィカー流。
バレエは本来第4幕、第33番のナンバーが振られている3つのバレエですが、「王の狩りと嵐」の場面もバレエに変えられており、見るものを飽きさせないのは流石です。
第1幕のカサンドラのアリア、第4幕ディドンとアエネアスの愛の二重唱の見事さなど、斬新なベルリオーズ世界に眼が鱗状態になるのは間違いありません。
特に愛の二重唱は、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」第2幕にも匹敵するもの。「トリスタンとイゾルデ」と「トロイ人」がほぼ並行して作曲されていた(1858年前後)という事実は、音楽史上の奇跡の一つかも知れませんね。
アントナッチのカサンドラ、ディドナートのディドン、そしてジョヴァノヴィッチのアエネアスの圧倒的な歌唱と演技、終演後の喝采がいつまでも続いていたことが証明してくれているでしょう。
ベルリオーズ万歳!!
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