ウィーン国立歌劇場アーカイヴ(38)

ウィーン国立歌劇場のアーカイヴ・シリーズ、5月下旬のラインナップを見ると、モーツァルトの作品が数多く選ばれていることに気が付きます。さながらモーツァルト週間の様相。5月中に配信される演目は「ドン・ジョヴァンニ」「イドメネオ」「魔笛」「フィガロの結婚」の4本ですが、「ドン・ジョヴァンニは」本来なら5月下旬に本公演が予定されていたこともあり、3種類のアーカイヴが放映されることになっています。
モーツァルト週間最初の昨日(22日)はその「ドン・ジョヴァンニ」でしたが、当欄では月末に3公演纏めての紹介とする積りで、今日は「イドメネオ」を取り上げましょう。

モーツァルト25歳の作品である「イドメネオ」は、一般的にはモーツァルト最初の傑作と呼ばれますが、実は余り聴いたことがありません。その昔、アンリ・ゲオンというフランスの詩人が「モーツァルトとの散歩」という本の中でこのオペラを激賞していた記憶がありますが、実際に舞台を見たのは1980年代だったか、メトロポリタン歌劇場の公演をLDで見た時だったと思います。
確かパヴァロッティがイドメネオ、ベーレンスがエレットラを歌っていたと記憶しますが、正直どんな舞台だったか殆ど記憶に残っていません。

ということで、今回は改めて「イドメネオ」を勉強する積りでアーカイヴ配信を一度通して見たところです。比較的最近の映像で、2019年2月22日の公演。キャストは以下の通り。

イドメネオ/ベルンハルト・リヒター Bernhard Richter
イダマンテ/レーチェル・フレンケル Rachel Frenkel
エレットラ/イリーナ・ルングー Irina Lungu
イリア/ヴァレンチナ・ナフォルニツァ Valentina Nafornita
アルバーチェ/パーヴェル・コルガティン Pavel Kolgatin
大司祭/カルロス・オスナ Carlos Osuna
神託の声/ペーター・ケルナー peter kellner
指揮/トマーシュ・ネトピル Tomas Netopil
演出/カスパー・ホルテン Kasoer Holten
舞台/ミア・シュテンスガード Mia Stensgaard
衣装/アニヤ・ヴァン・クラフ Anja Vang Kragh
照明と映像/ジェスパー・コンシャウ Jesper Kongshaug

主役と呼べる登場人物は4人で良いでしょう。クレタ王イドメネオと息子のイダマンテ、捕虜としてクレタ島で暮らしているトロイア最後の王プリアモスの娘イリア 、母親を殺害してクレタ島に逃避中のエレットラ。イドメネオの腹心アルバーチェ、クレタの大司祭と、最後に神託を告げる声の3人は脇役という設定でしょう。
捕虜のイリアが敵将の息子イダマンテに恋し、客人的存在のエレットラもイダマンテに思いを寄せており、ここに三角関係が生ずるのはヴェルディの「アイーダ」に似ていなくもない。エレットラはリヒャルト・シュトラウスの「エレクトラ」の続編のようでもあり、これに先立つトロイ戦争の件は先日アーカイヴ配信されたベルリオーズの「トロイ人」で描かれていたという具合で、オペラ・ファンには馴染みのテーマではありますが、事前にストーリーを頭に入れておかないと舞台の転換に戸惑うかもしれません。

発端は、イドメネオが海難に遭遇した際に、海神ネプチューンと“岸辺で最初に出会った人間を生贄として捧げる”という条件で命を救って貰ったこと。運悪くイドメネオの元に真っ先に駆け付けたのが実の息子イダマンテで、これに男女の恋の縺れが加わりますから事は複雑。アルバーチェの提案でエレットラをアルゴスに帰国させることにし、その護衛としてイダマンテを同行させてクレタから遠ざけ、生贄を回避しようとするイドメネオの親心。当然ながら怒りのためと誤解するイダマンテ。この4人の心情を夫々に歌い込んだのが、第3幕冒頭の四重唱でしょう。全曲の中でこのクァルテットこそが白眉と言えるでしょう。

今回のホルテンの演出は、序曲が始まると黙劇があります。イドメネオと共に登場する子役は、イダマンテの幼時の姿でしょうか。序曲は「ドン・ジョヴァンニ」同様完全終止せず、そのまま第1幕。トロイ人が天井から吊るされている衝撃的な幕開けとなります。
ストーリーの判り難い部分は人形を使って4人の関係を表現したり、鏡を利用して登場人物を多角的に見せる工夫も。更には合唱団(クレタ人、捕虜のトロイ人)の他にもポセイドンの怒りの象徴でしょうか、多くのエキストラ?を使って悪霊を象徴しているのも見所でしょう。

本来の台本では最後に“イドメネオは退位してイダマンテに王位を譲ること。イリアを妃とすること”という神託が下されますが、今回の演出では神託は民衆の一人から出されるように変えられています。平和を宣言したイドメネオを民衆が讃える場面でオペラは終わる筈ですが、最後にイドメネオが拘束され、悪霊の群れがイドメネオを飲み込んでしまうという演出も独特のものでしょう。ネプチューン像が崩壊する様子も、映像として見応えがあります。
なお、モーツァルトはこのオペラに度々改訂を行ったようで、様々な稿が存在する由。当初イダマンテはカストラート歌手が歌う役でしたが、後にはテノールに変更されたとか。また今回の様にメゾ・ソプラノが歌うケースもあるということで、「イドメネオ」には様々な可能性が秘められているとも言えそうですね。

更にはリヒャルト・シュトラウスが編纂・加筆した版もあったはずで、今回の上演がどのようなエディションに拠っているのかは不明。後に加筆されたというバレエ音楽はカットされていましたし、3っつの幕が夫々1時間弱に纏められ、全体でも3時間弱とコンパクトに纏められていました。この辺りはモーツァルト愛好家に解説願いたいと思います。
今回は25日まで3日間視聴可能とのこと、この機会に繰り返し見て「イドメネオ」を自分のレパートリーに加えましょう。

本公演、基本的にはウィーン国立歌劇場のアンサンブル・メンバーを中心にしたキャストで、イドメネオのリヒターとエレットラのルングーがゲスト歌手。ルングーは去年9月の椿姫でヴィオレッタを歌う予定でしたが、降板していました。そのヴィオレッタは新国立でも歌ったそうですし、次回配信される「ドン・ジョヴァンニ」でドンナ・アンナを歌いますから、そちらも楽しみにしましょう。

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