ウィーン国立歌劇場アーカイヴ(19)

閉鎖中にウィーン国立歌劇場が配信するアーカイヴ・シリーズ、昨日の日曜日は子供向けオペラ、ロルツィングのウンディーネと、バレエ「くるみ割り人形」ということで小欄はお休みしました。
週が明けて最初の演目は、リヒャルト・シュトラウスの「カプリッチョ」。何時でも見られるオペラではありませんが、シュトラウスの遺言とも呼ばれる作品で、これがたった一日しか見られないのは誠に残念です。この機会にシュトラウスの事実上最後のオペラを楽しんでおきましょう。

2018年5月24日の公演だそうですが、音声はモノラルでした。これまた多くの人物が登場するオペラですが、主なところはこんなところでしょうか。

伯爵令嬢マドレーヌ/カミラ・ニールンド Camilla Nylund
伯爵/マルクス・アイヒェ Markus Eiche
フラマン/ミヒャエル・シャーデ Michael Schade
オリヴィエ/エイドリアン・エレート Adrian Erod
ラ・ロッシュ/ヴォルフガング・バンクル Wolfgang Bankl
クレロン/アンゲリカ・キルヒシュラーガー Angelika Kirchschlager
イタリアの歌手(ソプラノ)/ダニエラ・ファリー Daniela Fally
イタリアの歌手(テノール)/パーヴェル・コルガティン Pavel Kolgatin
家令/マーカス・ペルツ Marcus Pelz
トープ氏(プロンプター)/ペーター・イェロジッツ Peter Jelosits
指揮/ミハエル・ボーダー Michael Boder
演出・舞台・照明/マルコ・アルトゥーロ・マレッリ Marco Arturo Marelli
衣装/ダグマール・ニーフィンド Dagmar Niefind
振付/ルーカス・ガウデルナク Lukas Gaudernak

この他に二人のバレエ・ダンサー、舞台上で演奏するチェンバロ、ヴァイオリン、チェロも大切な役ですし、最後の方の第11景、8人の召使たちのレリーフというナンバーではウィーン国立歌劇場合唱団の男声たち(テノール4、バス4)が登場してコミカルなアンサンブルを聴かせてくれます。
この中のバスに、正確に言えば5番目の召使として日本人歌手が加わっていますね。合唱団の一員、数多くの演目に登場されて気になっていましたが、今回お名前が判明しました。佐野航(さの・わたる)さんと言って、長きに亘ってウィーンで活躍されている方だそうです。

そういう新発見もあったカプリッチョですが、私は確か2009年の秋に日生劇場で行われた二期会公演を見たことがあります。実際に舞台を見たカプリッチョは、政治的なモノを持ち込んだ深読み・読み替え演出で、私には全く納得のいかない公演だったことを思い出しました。
そうした不安も過ったウィーンのカプリッチョでしたが、これは文句のつけようのない、素晴らしい公演です。舞台装置や照明までも手掛けたというマレッリ演出は美しく、装置を適宜動かすことによって、本来の舞台である18世紀パリ郊外という雰囲気が良く出ていました。冒頭と幕切れをシンメトリックに見せているのも気が利いています。

このオペラは、サリエリの「音楽が第一に、言葉は次に」と、モーツァルトの「劇場支配人」をミックスして現代風にし、シュトラウス自身の「ナクソス島のアリアドネ」も味付けとして加味したオペラ、ということでしょうか。オペラ制作の現場をそのままオペラにしてしまったという、一風変わった、意表を突いた展開。
現実とファンタジーが交錯し、一見ドタバタのようにも見えますが、洪水のような言葉の応酬の中にも含蓄があります。ドイツ語を解さないと厳しい面もありますが、大丈夫、日本語字幕が付いているので十分に楽しめます。

音楽にも様々な引用があり、縦横無尽に張り巡らされた音楽上の仕掛けも満載。欲を言えばテキストを良く読み、シュトラウスが仕掛けた暗示を知っておくと興味は倍増するのですが、何も知らなくても音楽の美しさが自然と耳に入ってくるはず。そんな意味でも、少なくとも3日間ほど視聴可能にして欲しかったと思います。次の機会に期待しましょう。

聴きどころを少し指摘しておくと、第4景で詩人オリヴィエが書いたソネットを伯爵が朗読する箇所があります。ここはオーケストラは休止し、台詞だけ。このソネットは、16世紀フランスの詩人ピエール・ド・ロンサールのものをドイツ語訳したものとのこと。このあと、オリヴィエ自身がハープ伴奏(この演出ではチェンバロ)に乗って朗読しますが、これも歌ではなく台詞。
そして第6景になると、このソネットに作曲家フラマンが音楽を付けた、ということでメロディーに乗せてフラマンが歌います。そして最後の幕切れ、今度はマドレーヌがハープ(ここもチェンバロという演出、実際にはピットのハープ)の弾き語りで歌い上げるのですね。つまりソネットは4回繰り返されるので、これ、聴きどころです。

オペラの中心に当たるのが、第9景。ここは時間的にも長く、二人の踊り子がパスピエ、ジーグ、ガヴォットを踊る場面、試練のフーガと名付けられた6重唱、イタリアの歌手二人によるオペラの二重唱(ピエトロ・メタスタージオの詩が使われています)、笑いのアンサンブルと呼ばれる最初の8重唱、劇場支配人ら・ロッシュを貶す口論のアンサンブルと呼ばれる二つ目の8重唱、これに反論するラ・ロッシュの「弁明のモノローグ」、ロッシュの演説に感銘した4人による表敬の四重唱と、目先が次々と変わる展開に飽きる暇もないでしょう。

音楽と言葉が和解し、新しいオペラを創ることで一致団結する第10景を経て、先に記した召使たちのコミカルなアンサンブルに続きます。これに続く第12景が、プロンプターのトープ氏と家令のやりとりで、ここは終始7拍子(3+4)という意味深な音楽。因みに「トープ」とは「モグラ」の意味だそうで、オペラの台詞を縁の下で支えるプロンプターを象徴しているのですね。プロンプターにまで光を当てるシュトラウスの心配り。
そして最後が、単独で演奏会でも取り上げられることがある「終景」。月光の音楽と呼ばれる間奏曲に続いて、マドレーヌのモノローグが感動的に歌われ、全曲が終わります。

2時間半、全編切れ目なしの上演(二期会は途中で休憩を入れました)。最後のホルン独奏とピチカートの掛け合い、オリヴィエとフラマンがこれに合わせて電気を消す演出は見事。
“かっこよくしてくれ”というラ・ロッシュの退場と、カーテンコールでの登場も笑わせてくれました。是非、カプリッチョをお見逃しなく。

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