第391回鵠沼サロンコンサート

3月9日、今年最初の鵠沼サロンコンサートを聴いてきました。サロンは去年9月に創立30年を迎え、現在は小田急線鵠沼海岸駅にある瀟洒なフレンチ・レストラン、レスプリ・フランセで月1回、良質な室内楽を提供してくれています。
伝統を守ってきたサロンコンサートも今回の流行病の影響は避けられず、去年は春シーズンの6回が尽く中止。これまで9月からスタートしていたシーズン制も半年ずれ込む形となり、2021年からは3月から12月までを1シーズンと数えるスタイルに変更されました。

通常に戻ったとは言え、未だに呼び物の一つだった海外からの演奏家招聘は暫くは叶わず、去年秋からはこれを逆手に取って日本の演奏家、特に若手プレイヤーに続々と活躍の場を提供することで、新たな魅力を創り出してくれています。先ずは常に前を向いて企画立案されている平井プロデューサーに敬意を表し、感謝の念を表明しましょう。
その発足時から、鵠沼サロンコンサートでは「新しい波」というタイトルを付けて若手演奏家を積極的に紹介してきました。今回はその趣旨にも沿った企画、日本の将来を担う若手ヴィオラ奏者の田原綾子を迎え、ずっとコンビを組んでいるピアニスト原嶋唯とのデュオ・リサイタルが実現しました。

そもそも田原の出演企画は2年前に遡り、ヴァイオリンの毛利文香が鵠沼でリサイタルを開いた時に、次の新しい波として白羽の矢が立っていたもの。それがコロナ禍で丁度1年延期となり、2年越しでの実現となった旨が、冒頭挨拶で平井氏から紹介されます。
田原綾子は桐朋学園卒業、2013年東京音楽コンクール弦楽部門で第1位と聴衆賞を受賞。ルーマニア国際音楽コンクールの全部門グランプリも受賞した逸材。現在はパリ・エコールノルマル音楽院で、ブルーノ・パスキエに師事されている由。今回、初めてその実力を眼前で接する機会を得ました。プログラムは、

≪新しい波≫25 田原綾子リサイタル
フンメル/幻想曲ト短調作品94
武満徹/鳥が道に降りてきた
ヴュータン/ヴィオラ・ソナタ変ロ長調作品36
     ~休憩~
森円花(もり・まどか 1994-)/Aoide (2019、田原綾子委嘱作品)
フランク/ヴィオラ・ソナタイ長調
 ヴィオラ/田原綾子(たはら・あやこ)
 ピアノ/原嶋唯(はらしま・ゆい)

ピアノの原嶋唯も、同じく桐朋出身。2017年の日本音楽コンクール第3位など、受賞多数。3月からはウィーン国立音楽大学に在学中だそうです。
このデュオは、今回の鵠沼と全く同じプログラムで今週金曜日(3月12日)、京都のバロックザールでもデュオ・リサイタルを開催する予定ですから、関西方面の室内楽ファンは是非聴き逃すことが無いよう推薦しておきましょう。

ヴィオラという楽器は、同属のヴァイオリンと比べてリサイタルで接する機会が少ないもの。その作品もナマで接する機会が稀なものが多く、今回のように一晩を全てヴィオラに集中するのは貴重な時間とも言えるでしょう。いつものように、平井氏の個人的な感想も含めながらの案内でリサイタルが始まります。
先ず前半は、ベートーヴェンと同時代の作曲家フンメルのファンタジーで始まり、今や古典となった作曲家・武満徹晩年の作品から「鳥が道に降りてきた」。前半の最後を飾るヴュータンは、平井氏曰く19世紀の名曲と言うだけでなく、全音楽史を通してもショスタコーヴィチのソナタと並んでヴィオラの二大名曲である、と聴き手を刺激させてくれます。客席にはヴュータンを目当てに遠征されてきたという猛者も。

フンメル作品は、ヴィオラと管弦楽のためのポプリと題された協奏作品として知られている一曲。序奏に続いて奏でられるテーマは、フンメルの先生でもあったモーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」の中でドン・オッターヴィオが歌うアリアとそっくり、というか引用でしょう。平井氏ならずとも思わずニンマリしてしまいました。
続いては、武満がヴィオラの名手・今井信子のために書き下ろしたヴィオラとピアノのための二重奏曲。英語では A Bird came down the Walk というタイトルで、1995年10月、ウィーンで今井信子とロジャー・ヴィニョールスによって初演された5分ほどの短い作品。武満晩年の作品らしく、後半にはメロディックなモチーフが登場して、聴き手の耳を刺激してくれます。

前半の最後を飾るヴュータンは、演奏家としてより作曲家としての活動が中心になった頃の作品だそうで、チェロとピアノでも演奏できるように書かれています。
今回は本来のヴィオラ版で、この楽器の魅力、田原のパワフルで思い切りの良いヴィオラに圧倒されました。噂に違わず、凄いヴィオラだ! 第1楽章 Maestoso-Allegro 、第2楽章 Barcarolla, Andante con moto 、第3楽章 Finale scherzando, Allegretto から成りますが、その迫力に思わず第1楽章の終わりでパラパラと拍手が起きたほど。これが自然で、もっと盛大に拍手しても良いのでは、と感じたほどでしたね。

休憩は一息吐きに思わず外へ。熱い音楽に接した後は冷気が心地よく、都心に比べて星が良く見える鵠沼海岸の空を仰ぎます。

後半は田原が委嘱したという森円花作品と、弦楽器のソナタとして広く演奏されているフランクのソナタ。平井氏がヴィオラ・ソナタと表記していますが、有名なヴァイオリン・ソナタです。色々な楽器で演奏でき、鵠沼ではヴァイオリンはもちろん、チェロでもフルートでも聴いてきました。今回はヴィオラ版で、と紹介。森作品については初めてなので、田原さんから紹介してください、
ということで田原綾子本人の解説。森円花は、田原と同じ桐朋学園で一級上の先輩・仲間だそうな。学園での演奏会でも良くアンコールに日本民謡や童謡をヴィオラ用にアレンジしてくれている仲だそうで、この新作は田原が委嘱したもの。2019年に初演されましたが、当初は面食らう程の演奏難度の高い一品だった由。無伴奏ヴィオラのために書かれたもので、タイトルの Aoide とはギリシャ神話に登場する女神で、三柱のムーサの一人。もちろん田原をイメージしての作品でしょう。

なるほどあらゆる弦楽器奏法を駆使した難曲で、今回のリサイタルがモーツァルト時代から超現代までの広いレパートリーを披露していることに改めて感嘆した次第。
メインのフランクについては、ヴィオラで弾くとかくも印象が異なる、というか深まるのか、という感想を持ったと言うに留めましょう。ヴィオラとピアノが作り出す音響が、サロンという空間では振動となって椅子を伝い、体の芯まで揺さぶってくれる。毎度の体験ですが、室内楽の楽しみはサロンで聴いてこそ、なのじゃないでしょうか。

アンコールは、フォーレの「夢のあとに」と、後半の最初で田原が触れていた童謡「ふるさと」を、森円花編曲版で。重音、ピチカート、左手でのピチカートも交えた超絶技巧による「ふるさと」。演奏を終え、最後に挨拶された平井氏が、丁度10年前、東日本大震災直後のサロンコンサートでの混乱を感慨を持って聴きました、という言葉が印象的でした。

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