今日の1枚(36)

先の事を良く考えずにフラフラと始めてしまった「今日の1枚」、難関に差し掛かりました。録音をチャンと聴こうというのが主旨で、「チャンと」というのは楽譜を見て些細なことに拘るという意味ですが、今日取り上げるディスクに収められた作品は、どれもスコアが手元にありません。
従って、チャンともへったくれもなく、ボーッと聴いただけの印象。解説を頼りに事実だけです。ベイヌムのライヴ集9枚目のディスク。

①ウィレム・ピイパー/交響曲第3番(1926)
②ハンス・ヘンケマンス/ヴィオラ協奏曲(1954)
③ヘンドリク・アンドリーセン/交響曲第4番(1954)
④ルドルフ・エッシャー/Musique pour l’esprit en deuil(1943)

録音データとソリストは、
①1957年10月2日
②1956年4月24日、ヴィオラ独奏はクラース・ブーン
③1955年10月19日
④は録音日付が明記されていません。単なる記載漏れかデータ不詳なのかは判りません。録音の状態を聴く限りでは、上記3種とほぼ同じ時期の録音と思われます。

さすがにこの時代になるとテープレコーダーを用いた録音と思われます。ガラス・ディスク特有のノイズはありませんし、録音自体も極めて良好です。ただし全てモノラル録音ですが。

この4曲はいずれもオランダの現代音楽です。ベイヌムは積極的に同時代の作曲家、自国の作曲家の作品を取り上げていましたから、こうした貴重な記録が残されているのですね。
4人の作曲家のうち、ピイパーとアンドリーセンはベイヌムの先輩、ヘンケマンスとエッシャーが後輩に当たります。最年長のアンドリーセンと最年少のヘンケマンスとの歳の開きは21年に過ぎません。4人ともベイヌムと同時代を生きた作曲家と考えてよいでしょう。

①ピイパー Willem Pijper (1894-1947) は20世紀オランダ音楽界に最も貢献した人物で、比較的若死にでしたが、現代のオランダ人作曲家はほとんどがピイパーの弟子に当たっています。
最後の交響曲になった第3は、1926年10月にピエール・モントゥーとコンセルトへボウによって初演され、モントゥーに捧げられた作品です。モントゥーはこの作品を愛し、オランダだけでなく世界各地で紹介して来ました。
ベイヌムは作曲家とは特別な親交はなかったようですが、その作品を頻繁に取り上げ、第3交響曲を1954年の北米ツアー(今日の1枚33参照)のプログラムでも取り上げていました。
また翌年にはデッカにも正規録音しています。英デッカ初出の品番は LXT2873 というもの。このLPは同じくオランダのディーペンブロック作品とのカップリングでした。オケは勿論コンセルトへボウ。
スコアが無いので細部は判りませんが、単一楽章の作品で演奏時間は13分弱と短いもの。一つのモチーフと二つのリズム・パターンで全体が構成され、交響曲の4楽章に相当する要素がギュッと詰まった内容。

②ヘンケマンス Hans Henkemans (1913-1995) は医者を目指して薬学を学んでいた人ですが、音楽に転向。上記ピイパーに作曲を学んでいます。
ピアノも達者で、特にモーツァルト、ドビュッシー、ラヴェルの演奏では定評があったそうです。ピイパーのピアノ協奏曲をベイヌム/コンセルトへボウとフィリップス(Phi.A 00219L)に正規録音しているほど。
ヴィオラ協奏曲は1955年1月5日にコンセルトへボウで初演された作品。ラファエル・クーベリックの指揮とブーンのソロでした。
ベイヌムとの録音でも独奏しているブーン Klaas Boon は、1950年から1980年までコンセルトへボウの首席ヴィオラを務めた人。
作品は、第1楽章 Allegro tumultoso 第2楽章 Andante mesto 第3楽章 Allegro agitato で構成され、演奏時間23分弱の作品。第1楽章の途中でヴィオラ・ソロとハープがデュエットするカデンツァ風の箇所がありますし、第3楽章もオーケストラによる前奏の後にヴィオラ・ソロのカデンツァが入ります。

③アンドリーセンについては昨日の1枚で紹介済み。ピイパーより二つ年上で、音楽史で見ればプロコフィエフの一つ年下に当たります。
第4交響曲はハーグ・フィルハーモニーの創設50周年を記念して書かれた作品。ベイヌムは初演の翌年にコンセルトへボウでも取り上げ、そのときの演奏が本ディスクに収められている録音です。
作品は第1楽章 Molto grave e energico – Allegro vivace 第2楽章 Andante sostenuto 第3楽章 (Finale)Allegro vivace からなる22分弱の作品。

④エッシャー Rudolf Escher (1912-1980) もピイパーに作曲を学んだ世代で、ロッテルダムの人。
作品は deuil(喪)の esprit(精神)のための音楽の意味で、「喪中の調べ」とでも訳すのでしょうか。1940年のロッテルダム爆撃での体験から生まれた作品で、エッシャー自身この爆撃によってそれまでの作品の多くを焼失したのだそうです。
初演は終戦後の1947年まで持ち越し、ベイヌムとコンセルトへボウによって行われました。ベイヌムはこの作品を高く評価し、1954年の北米ツアーでも度々演奏、現地でも好評で迎えられています。
録音で聴く限りでは大きく3部から構成されているような感じですね。特に第2部に相当する箇所では、小太鼓から始まってピアノのリズムが執拗に繰り返され、壮大なクライマックスを経てカタストロフに突入します。最後は「喪の精神」に加えて希望も射し込む印象があり、かなり感動的な作品と聴きました。

以上、ベイヌムは基本的にメロディーや調性を持つ作品を支持した指揮者ですから、ここに聴かれるオランダの現代音楽はある意味で保守的、言い換えれば決して難しくない作品です。繰り返し聴く内に楽譜を見たいという衝動が沸いてきました。

参照楽譜
ということで、一切ありません。ただしこれらは全てオランダのドネムス Donemus から出版されていて、一般向けにスコアも販売されているようです。価格もそれほど高くありません。
もし手に入れた方がおられましたら、黙って私に譲って下さい。照会先は以下です。↓

http://www.donemus.nl/english/index.php

 

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