サルビアホール 第102回クァルテット・シリーズ

21日にスタートしたサルビアホール・クァルテット・シリーズのシーズン30、ドヴォルザーク・プロジェクトが昨日28日、最終日を迎えました。連日プログラムに上った糸杉からの3曲も最終回で、ドヴォルザーク2大傑作、作品105と106がグランド・フィナーレのプログラムです。

≪ドヴォルザーク・プロジェクト≫
ドヴォルザーク/弦楽四重奏のための「糸杉」10-12
ドヴォルザーク/弦楽四重奏曲第14番変イ長調作品105
     ~休憩~
ドヴォルザーク/弦楽四重奏曲第13番ト長調作品106
 ウィハン・クァルテット

実はこのプロジェクト、最初の3回は何れも雨に祟られ、傘持参での鶴見行となってしまいました。そのためかファーストのレオシュ・チェピツキは風邪をひいたようで、楽章の合間でも鼻をかむほど。この先大丈夫かな、という懸念もあったのですが、どうやら快方に向かい、最終日は絶好調そのもの。少し飛ばし過ぎじゃないかと感じられる位に力一杯のヴァイオリンを聴かせてくれました。
この日は久し振り、というより今季初めての秋晴れにも恵まれ、空気も乾燥。弦楽器にとっても好条件が揃っていたのでしょう、ただでさえ良く響くサルビアも鳴りに鳴った印象で、ホール全体が楽器のような音感・音圧に圧倒されてしまいました。

例によって冒頭の糸杉を演奏順に並べると、
10. そこに古い岩がある (Andante maestoso 変ホ長調)
11. 地上を静かなまどろみが支配し (Allegro scherzando イ長調)
12. おまえは聞く、なぜ私の歌が (Allegro animato ニ短調)

第11曲は第2夜でもアンコールされた一品で、曲集の中では最も頻繁に聴かれるもの。連夜通った熱心なファンは2度目の体験でした。
第12曲は曲集最後だけあって、単なる歌曲のアレンジ版を超える力作。全体も71小節に及び、初日に取り上げられた第2曲(79小節)に次いで2番目に長い作品です。第2曲がシットリとした情感の中で歌われ、フォルティッシモに達するのも僅か1か所と静かな音楽であるのに対し、最終第12曲は冒頭からフォルテでニ短調のリズムが響き、フォルティッシモから6連音を含んだ激しいトレモロ、絶頂でのフェルマータ。このあと音楽は次第に感情を鎮め、最後はピアニシモのニ短調和音で閉じられるという起伏の大きな歌、いや四重奏の1楽章と呼んでも良いような大きなスケールで全曲を締め括ります。聴き手も糸杉を完走したという充実感に包まれました。

そして愈々最後の2曲。多くのファンは二つ並んだ大作を最も楽しみにしていたはず。その期待感は十分に満たされたと聴きましたが、皆様は如何でしたでしょうか。
先に演奏されたのは、アメリカで書き始め、第13番を挟んでドヴォルザークが最後に完成させた作品105で、これがドヴォルザーク最後の室内楽作品となりました。通し番号と作品番号が前後しているのはそのためで、ドヴォルザークの作品リストには屡々こうした混乱が見られます。

作品105と106、どちらが最高傑作かという議論は、ベートーヴェンの作品131か132かというテーマにも共通するように思いませんか。この日の曲目解説にも触れられていたように、後半で演奏された作品106の方がより力が入っており、規模も一回り大きくなっている、という意見に共感を覚えますね。ウィハンが前半に105、最後に106で締めたのもそのためでしょうか。
2作品共に初演時から話題で、ト長調の作品106が先ず1896年10月9日にプラハで、新しく結成された有名なボヘミア弦楽四重奏団が初演しました。ドヴォルザークが弦楽四重奏曲の名作を次々に生み出す切っ掛けとなったチェコ・チェンバー・ミュージック・アソシエーションが主催する演奏会でのことです。

一方の変イ長調作品105は、それからほぼ1か月後の1896年11月10日、ウィーンで高名なロゼ弦楽四重奏団が初演。両曲ともに最初から傑作としての運命を背負っていたと思わざるを得ません。
今回のプロジェクトを締め括った作品106には、最終楽章で第1楽章を回想する挿入句が出てきます。作品全体の回想というより、ドヴォルザークとしてはこれまでの弦楽四重奏曲、そして自身の生涯を顧みる様な思いがあったのではないでしょうか、ウィハンの大熱演を目の当たりにして、そんなことも頭を過ります。

ベートーヴェンが生涯の最後に弦楽四重奏曲に向かったのに対し、ドヴォルザークはこのあと、交響詩のジャンルに進みます。
最後の弦楽四重奏曲2曲が初演された翌年の1897年、大先輩にして親友、自分を今日の地位に引き揚げてくれた恩人ブラームスが、4月3日に亡くなります。その葬儀に参列したドヴォルザークは室内楽の筆を断ち、ブラームスが顧みなかった交響詩というジャンルに邁進する。今回の演奏を聴いて、作品105と106がドヴォルザーク最後の室内楽になったのは、盟友の死と大きな関係がある、私にはそう思えてなりません。

プロジェクト完奏に敬意を表してウィハンのメンバー4人に花束が贈られ、最後の挨拶として糸杉の11番をもう一度。実にプロジェクト3度目の演奏で、軽快なウン・チャカチャカ・チャンチャン・チャンチャンというリズムが耳について離れなくなってしまいました。

 

 

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