サルビアホール 第130回クァルテット・シリーズ

先月末にシーズン42がスタートしたサルビアホールのクァルテット・シリーズ、翌週には直ぐに今年2回目となる第130回が開催されました。この回は当初チェコのミハル・カニュカが出演する予定でしたが、出入国規制によりヴィザ取得が困難なため、日本を代表する名チェリスト、上村昇が出演することになりました。曲目の変更はありません。

シューベルト/弦楽四重奏曲第12番ハ短調D.703「四重奏断章」
シューベルト(ミハル・カニュカ編)/チェロと弦楽四重奏のための「アルペジオーネ・ソナタ」イ短調D.821
     ~休憩~
シューベルト/弦楽五重奏曲ハ長調D.956
 関西弦楽四重奏団
 チェロ/上村昇

関西弦楽四重奏団の鶴見登場は、2019年4月の第110回に次いで二度目。前回のベートーヴェン後期2曲(作品135と作品131)が好評だったこともあり、2年振りの再登場となりました。
小欄も関西からやって来た素晴らしいグループに感嘆、その時にプロフィールについても紹介しましたから、ここでは繰り返しません。

ステージ中央の奥にカッチリと固まって演奏する形、曲によってヴァイオリンがファーストとセカンドで入れ替わるスタイルも前回と全く同じ。先週聴いたアルモニコでは前回との印象が余りに異なっていたのに驚きましたが、関西弦楽四重奏団は2年前のことでもあり、その印象に変わりはありませんでした。
冒頭、コンサートの開幕曲としてもよく取り上げられる四重奏断章で、四人がまるで一つの楽器を奏でているかの如き統一感でも明確。まるで前回のベートーヴェンを聴いたのが昨日のことだったような錯覚に陥ったほどでした。

四重奏断章はサルビアでも人気の一品で、今回が何と5回目でしたが、2曲目は当然ながらサルビア初登場の作品。もちろん「アルペジオーネ・ソナタ」そのものは、復刻されたアルペジオーネでの演奏を含め、あちこちで聴くことが出来る名曲ですが、弦楽四重奏との合奏で聴けるのは極めてレアな体験と言えるでしょう。
本来なら編曲者でもあるカニュカが自ら独奏パートを弾く筈でしたが、上記の理由で今回は上村昇の手に委ねられました。

ソロ・チェロが座るのは、クァルテットの前。上村は暗譜、演奏の最中はクァルテットのメンバーとはアイ・コンタクトが出来ない状態でしたが、ミッチリと弾き込んでいるのでしょう、見事なアンサンブルを堪能することが出来ました。このような形で演奏する風景を見たのは、恐らく初めてかも。
実はカニュカ、この自身の編曲を何年か前にライヴ・ノーツというレーベルに録音しており、共演はロータス・クァルテット、録音はハイデルベルクでのものでした。幸いこのCDはナクソスから配信されていますので、私は事前に予習して臨んだ次第。

予習ではオリジナルのアルペジオーネ・ソナタのスコアを参照しましたが、カニュカの編曲は独奏パートには一切手を加えず、ピアノ・パートをシューベルト風に弦楽四重奏にアレンジしたもの。時々聴かれるカサドが編曲したチェロ協奏曲版のように、オリジナルに鋏を入れるような編曲じゃありません。
上村は京都市交響楽団の首席チェロ奏者を務めており、ヴァイオリンの田村亜祐美、ヴィオラ(首席)の小峰航一も京響のメンバーで、気心も知れた仲。ソロが突出するような派手さを極力抑えて、シューベルトのロマンティックな世界が夢のように広がっていく素敵な時間を味わうことが出来ました。

後半は、その上村がセカンド・チェロとして加わる大曲・弦楽五重奏曲。上村が真ん中に座る配置で、特に第2楽章では第2チェロが弾き続けるピチカートが印象的で、絵的にもバランスの取れたシューベルトでした。
前半のファーストは田村が務めましたが、後半は林七奈。何と言っても聴き物は上村昇と上森祥平のチェロ二人で、「上・上」タッグの低音がホールを揺るがせるパワーは圧巻。改めてシューベルトの低音フェチぶりを確認することになりましたね。

シューベルトの低音、低い音を出す楽器への拘りは天性のものでしょう。弦楽五重奏はヴィオラではなくチェロが加わるものですし、鱒の五重奏曲もセカンド・ヴァイオリンではなくコントラバスが使われます。
交響曲も、未完成でもグレートでも第1楽章からトロンボーンがバンバン使われますし、未完成の出だしはチェロとコントラバスから。そう言えば、様々な楽器に編曲されているアルペジオーネ・ソナタでもコントラバス・ソロというアレンジがありましたっけ。これなど正にシューベルトの本質を衝いたものと言えるのじゃないでしょうか。
サルビアホールのクァルテット・シリーズは、クァルテットと言いながらもシューベルトの弦楽五重奏曲は人気作品。これまでもロータスQがペーター・ブックと、7月に再登場する予定のQアマービレもキリル・ズロト二コフと共演しており、今回が3度目となりました。

関西弦楽四重奏団によるシューベルティアーデ、期待のカニュカが来日不能というアクシデントがありましたが、却って上村氏を加えた親密なアンサンブルが実現したとも言えそう。恐らくカニュカもチェコから喝采を贈っているのじゃないでしょうか。
不動のメンバー関西Q、江戸を脅かす強敵は西からやってくるもの。今後は定期的にサルビアに登場してくれることを期待しちゃいましょう。今の時期、客席とのお喋り無しの交流も心温まるものでした。

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