サルビアホール 第91回クァルテット・シリーズ
今年も鶴見サルビアホールのクァルテット・シリーズが始まりました。2018年はシーズン28から31までの4シーズン、シーズン30はウィハンQによるドヴォルザーク・プロジェクトが予定されています。
ドヴォルザークは全4夜で主要な作品がほとんど聴けるという趣向ですが、シーズン29と31も4回で1シーズン、これまで続いていた3回で1シーズンというのは、昨日2月7日にスタートしたシーズン28だけ。今期中には通算回数も100回を突破しようという、最早日本の室内楽では最も活気に富んだコンサートシーンとなった感があります。
通算では91回となるシーズン28の皮切りは、サルビア初登場のカルテット・アマービレ。「日本期待の新鋭、ミュンヘン国際コンクール2016第3位入賞」というのがキャッチフレーズで、記念すべきサルビア初見参は、
シューベルト/弦楽四重奏曲第12番ハ短調D.703「四重奏断章」
シューベルト/弦楽五重奏曲ハ長調D.956
~休憩~
ブラームス/弦楽六重奏曲第1番変ロ長調作品18
カルテット・アマービレ
ヴィオラ/磯村和英
チェロ/キリル・ズロトニコフ Kyril Zlotnikov
演奏会の幕開けこそ弦楽四重奏曲ですが、あとはゲストを加えての五重奏と六重奏というプログラム、質量ともに重厚な作品を並べてきました。シューベルトとブラームスという組み合わせは、先日も他の団体で聴いたばかり。また都内某所で二人の関係について学んだばかりでもあり、様々な方面から好奇心を搔き立てられます。
アマービレを聴くのは初めて。プログラムに掲載されたプロフィールによると、2015年桐朋学園大学在籍中のメンバーにより結成され、2016年9月にミュンヘン国際音楽コンクール弦楽四重奏部門第3位に入賞、合わせて特別賞(コンクール委嘱作品の最優秀解釈賞)を受賞した、というだから驚くじゃありませんか。解釈に対して最優秀賞というのが注目で、元来日本の音楽家はこうした分野は苦手だったと理解していますが、時代は変わった、と言えましょうか。
因みに、このコンクールで優勝したのが、前回サルビアに登場して物議を醸したアロド。2回続けてミュンヘンのおこぼれを味わったことになりますな。
アマービレの4人は女性3人、男性1人という構成で、第1ヴァイオリンが篠原悠那(しのはら・ゆな)、第2ヴァイオリンは北田千尋(きただ・ちひろ)、ヴィオラは中恵菜(なか・めぐな)、チェロは笹沼樹(ささぬま・たつき)。夫々福井、広島、京都、東京と出身地は別々ですが、同じ釜の飯を食った間柄、と理解していいのでしょう。
シューベルトとブラームスで参加したズロトニコフは、そのミュンヘン・コンクールで審査員を務めたエルサレム・クァルテットのヴェテラン・チェリスト。ブラームスに加わった磯村氏は言わずと知れた東京クァルテットの結成メンバーで、アマービレの学校の先輩でもあり、現在も4人を指導している立場。言わばアマービレ応援団でもある二人で、サルビア・デビューは先輩たちの協力と指導に支えられていました。
4人は舞台下手から順にファースト、セカンド、ヴィオラ、チェロの順に座り、オーソドックスな並び。未だ結成して3年未満、ホームページなどは無いようですね。
純粋なクァルテットとしての演奏はシューベルト断章だけでしたから、感想云々は避けましょう。ミュンヘンでの快挙からも想像できるように、テクニックは見事、音楽的にも熱い表現力が感じられ、正に日本期待の新鋭でしょう。これからも機会を見つけて聴いて行きたい団体と聴きました。
名刺代わりに弾いたシューベルトに続いて、第2チェロにズロトニコフを迎えた五重奏。これは凄い聴きモノ。そもそもシューベルトの五重奏は特異な大作で、サルビアではロータスQ+メロスのチェロに続く2度目でしょう。歌曲の冬の旅と同じで、一度聴いただけで、聴き手の寿命も何年か縮まるという位の壮絶な作品。ハ長調という調性ながら、“何処がハ長調よ”というほどに目まぐるしく調性が変化していきます。
中でも♯4つで始まる第2楽章は、中間部で♭4つに転調。多くの音楽家が自身の葬儀で演奏することを希望する深刻な楽章で、息をするのも憚れるほど。弦楽四重奏をピチカートで支える第2チェロが独特で、ズロトニコフの表情豊かに全体をリードしていく統率力は圧巻でした。最後から3小節目の ff によるピチカートが胸を打ち、アルコのpp で全体を締め括る美しさと言ったら!!
このシューベルト、第3楽章のスケルツォが回帰した所でキリルの弦が切れるというアクシデントがありましたが、場所が良かったというか、仕切り直しではトリオの最後のスケルツォ移行部からもう一度。全体の感銘を削ぐような事故にはなりませんでした。
このトリオも何と言う不思議な世界でしょうか。作品の冒頭にも出てくる付点16分音符が大きな意味を持っていることに気付かされます。第4楽章も、コーダの手前に置かれた ppp の不思議な下降フレーズから、一気に fff にクレッシェンドする凄まじさ。最晩年のシューベルトの頭の中を疑ってしまう様な世界じゃありませんか。シューベルト本人、生前にこの曲を聴く機会があったのでしょうか?
ハ長調五重奏曲で前半が終了、というのはほとんど無茶ですが、後半は更に磯村ヴィオラを加えてブラームス。ここでは磯村が第1ヴィオラ、ズロトニコフが第1チェロと分担が替わりました。作品の内容からして当然でしょうが、ヴェテランの二人が全体の構成をリードし、若手をサポートしているのが明確に聴き取れます。
シューベルトと違ってブラームスは明るく、ディヴェルティメント的な要素が含まれているので、後半は純粋に音楽を楽しむ時間をタップリと味わえました。
アンコールはブラームスのスケルツォをもう一度。カルテット・アマービレには未だCDはありませんが、演奏会後にはサイン会(プログラムにするのでしょう)も行われていました。若い4人、彼らを支える友人たちや先輩たちが船出を祝していたようです。あとからは磯村・ズロトニコフ両氏も参加。
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