サルビアホール 第73回クァルテット・シリーズ
昨日は催花雨、中々咲き出さない今年の桜を刺激するような冷たい雨が降っていましたが、それも漸く上がり、鶴見のサルビアホールに出掛けます。
第22シーズンの最後は、同シリーズの第1回を飾ったクァルテット・エクセルシオ。2013年10月以来となる3度目のサルビア登場となりました。
シューベルト/弦楽四重奏曲第2番ハ長調D.32
シューベルト/弦楽四重奏曲第8番変ロ長調D.112
~休憩~
シューベルト/弦楽四重奏曲第14番ニ短調D.810「死と乙女」
クァルテット・エクセルシオ
エクセルシオ、通称エクが今回選んだのは、オール・シューベルトというやや珍しいプログラム。もちろんメインの「死と乙女」はサルビアでも定番ですが、前半の2曲はシリーズ初登場というレアな機会でもありました。
シューベルトの弦楽四重奏曲と言えば専ら最後の3曲と、第12番と数えられている単一楽章の「断章」だけが演奏され、それは鶴見と姉妹関係ともいえる鵠沼でも同じこと。ベートーヴェンやショスタコーヴィチの全曲演奏会はあっても、シューベルト全曲コンサートは想像すら出来ません。
私の記憶の中にあるオール・シューベルトでは、10年以上前に第一生命ホールで古典四重奏団が3回シリーズに挑んだのを聴いた記憶だけ。確かその時も全曲ではなく、定番4作品の他には初期作品から3曲だけが紹介されましたっけ。
同時に行われたレクチャーでも田崎氏が“シューベルトは全曲取り上げるのは無理。今回は初期作品の中からメンバーが演奏したい曲をいくつか選んで投票し、選びました”という趣旨のことを話されていたと記憶します。
敢えて全曲演奏には拘らず様々な時代様式・作曲スタイルを幅広く紹介しているエクは、今年はシューベルトにポイントを絞り、滅多に演奏されない初期の「家庭内四重奏曲」を含めて様々な機械で演奏していく予定だそうです。
先に第一生命ホールで行われた「アラウンド・モーツァルト」シリーズで演奏した6番もその一環で、あのニ長調作品は私もナマでは初体験でした。
今回の2・8・14番(来月の長柄音楽祭でも演奏予定)に続いては、今年の春定期で第11番を、秋の定期でも第13番「ロザムンデ」が予定されており、既に各所で演奏している断章、第15番とを加えれば、現役クァルテットでは最も数多くシューベルトをリバートリーに加えた団体と言えるでしょう。
最初に演奏された第2番は、個人的には最も問題のある作品。当日の曲目解説にも書かれていましたが、作品が出版社で眠っている間に第2楽章と第4楽章が散失してしまった由。実際、ブライトコブフ社の旧シューベルト全集ではプレスト楽章とメヌエット楽章しか含まれておらず、未完成な四重奏曲として知られてきました。
しかし1950年になってシューベルト研究家のモーリス・ブラウンによって残り2楽章がスウェーデン(何でスウェーデンかは分かりませんが)で発見されたとのことで、今回は本来の4楽章として演奏されます。私は何処かの団体が録音したCDで4楽章版を聴いたことはありましたが、発見された楽章の譜面は見たことも無く、もちろんナマ演奏は初体験でした。
聴いてみれば確かに技術的に稚拙な面もありますが、学生シューベルトの瑞々しさは感じられます。特にエクは第3楽章をメヌエットではなくスケルツォとして速めのテンポを設定したため、全体像がよりコンパクトに再現。若書き作品とは言え、鑑賞に堪えるレヴェルにまで再現したのは流石と言うべきでしょう。
2曲目の第8番。確かこれは古典四重奏団もシューベルト・シリーズで取り上げていたはずで、第3楽章メヌエットの大らかな踊りには聴き覚えがありました。エク、このメヌエットは典型的な踊りの音楽として弾き、トリオのフェルマータ休止、メヌエット再現への呼吸に常設団体としての阿吽の呼吸が聴き取れます。
8番は古典も取り上げただけあって、初期作品の中では中々の存在感。例えば第1楽章の展開部(提示部は繰り返しませんでした)に入ると、転調の妙によって風景が変わる所が如何にもシューベルトと言えそう。
また第2楽章アンダンテ・ソステヌートでは、ハ長調に移って出る第2主題がシューベルト節丸出しの「歌」になっていて、この断片が第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンとの間でピツィカートを交えながら交互に歌い交わす場面など、エクが対抗配置を採っているために一層引き立って聴こえてくるのでした。
初体験の楽しさを満喫し、後半は名曲「死と乙女」。これについては付け加えることも無いでしょう。
私は現代作品を高い技術で弾きこなす団体としてエクを聴き始めたので、彼らがシューベルトを弾くと聴いたとき、若干の違和感に襲われたものでした。しかし、それは今は昔。サロンの狭い空間から大規模菜な室内楽ホールまで、何度エクの「死と乙女」を聴いてきたことか。
もちろんサルビアホールで聴くエクのシューベルトは初めてでしたが、3度目とあってホールとの整合性は更に向上。何度か聴いているファンも、今回が最もホールの響きがコントロールされていたという意見でした。
もちろんホールそのものが「こなれて」きたという面もあるでしょう。響き過ぎを抑制する対策もあったでしょう。当夜の湿度もあったでしょう。何より演奏者のホールの特性を味方に付けるテクニックが上達した事もあったでしょう。
それらが相俟って、この日のシューベルティアーデは、譬えは不適切ながら、超名録音を最高級の再生装置で再現しているかのよう。100人の音響空間ながら、大ホールで聴いているような空気感も感じられたほどでした。改めてホールの特性の素晴らしさを想います。
そうした感想も交えながら、今回は大友チェロがアンコール曲名を告げます。同じシューベルトから、弦楽四重奏にアレンジされた「アヴェ・マリア」。端正な西野ファーストの歌。支える3人の伴奏が一音一音聴き取れる幸せ。
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