サルビアホール 第127回クァルテット・シリーズ

10月5日に再開した鶴見サルビアホールのクァルテット・シリーズ、昨日10月22日にシーズン41の2回目が開催されました。登場するのはロータス・カルテット、と言いたいところですが、今回は第2ヴァイオリンのマティアス・ノインドルフが海外渡航規制の為に来日出来ず、他の日本人メンバー3人によるトリオでの公演となりました。弦楽三重奏がサルビアホールに出演するのは多分初めてで、この日の2曲も当然ながらシリーズ初登場の作品となるでしょう。

ベートーヴェン/弦楽三重奏曲第2番ト長調作品9-1
     ~休憩~
モーツァルト/ディヴェルティメント変ホ長調K563
 ヴァイオリン/小林幸子
 ヴィオラ/山碕智子
 チェロ/斎藤千尋

プログラムには「ロータス・カルテット1」と表記されていましたが、「2」はありません。これはそもそも今回のロータスが2回に分けてメンデルスゾーン・チクルスを敢行する予定だったことの名残で、ロータスとしては先年のベートーヴェン・チクルスに続く二つ目の大きなプロジェクトになるはずでした。何れこの企画は、流行病が落ち着いたところで復活されることに期待しましょう。
この日のトリオ、ハプニングを逆手に取れば、誠に良い企画。三重奏故に余り演奏される機会に恵まれない名曲を堪能する絶好の機会でもありました。そもそも弦楽三重奏、それもヴァイオリン、ヴィオラ、チェロという編成での作品は意外に少なく、モーツァルト、ベートーヴェンの他にシューベルトが思いつく程度。そのあとメンデルスゾーンもシューマンも、そしてブラームスも手掛けていず、近代になってシェーンペクとウェーベルンがある位のもの。レーガーやヒンデミットとなると、よほど特殊な企画でもないと聴かれるチャンスは無いと思われます。ドヴォルザークの有名なテルツェットは、ヴァイオリン2本とヴィオラによる三重奏ですからね。

ホールに入って先ず眼を惹いたのが、椅子が1脚しかないこと。あ、今日は立奏なんだな。ロータスが立って弾く姿は、私は初めて見ました。
クラシックのコンサートでの客席制限は緩和されていますが、鶴見のクァルテット・シリーズはそれ以前に配席も決まっていましたから、少なくとも次回11月4日の第128回までは市松仕様で鑑賞することになっています。

弦楽三重奏というジャンルに作品が少ないこと、その中で最高傑作と言われているのがモーツァルト晩年の大作ディヴェルメントであること、今年がベートーヴェン生誕250年の記念の年であること、などに鑑みれば、今回のプログラムは唯一無二。正に王道の選択と言えるでしょうか。
しかしこの2曲の組み合わせには特別な意味合いもあって、1+1=2以上の楽しみがあるのも事実。その辺りに注目しながらロータス・トリオの名演を楽しむことが出来ました。

モーツァルトには弦楽三重奏という分野はこのK563が1曲あるのみですが、ケッヘル番号から判るように三大交響曲を書いた後、1788年の作品。一方ベートーヴェンは、弦楽四重奏曲や交響曲を書く前、未だ様々なジャンルに手を染めていた頃の作品で、モーツァルト晩年の傑作から僅か10年後の1798年に書かれたもの。もちろんベートーヴェンはモーツァルトのトリオを研究していたはずで、この2曲には共通点がある、というのがこの日私が聴いた感想でもあります。

ベートーヴェンの冒頭、ト長調の三和音が3つの楽器のユニゾンで下降しますが、これ、モーツァルト(変ホ長調ですが)と全く同じ開始方ですよね。何となく二つが似ている、と感ずる重要なポイントじゃないでしょうか。
もう一つは、作品全体に3度の音程が目立つこと。これも2曲に共通していることで、特にベートーヴェンでは最終・第4楽章に著しい。このプレスト楽章はソナタ形式でしょうが、展開部に入ると3つのパートで3度下降モチーフの応酬がしつこい程に繰り返されます。

それでも、ベートーヴェンは最初からベートーヴェンだった。初期の作品とは言いながら、彼ならではの作風が随所に登場してきます。モーツァルトとは違って、音量は pp から ff まで幅広く使われること。第2楽章アダージョでも ff と指示されている箇所があること。ソナタ楽章では展開部とコーダが拡大されていて、提示・再現部と同じくらいの大きさを持つこと。第3楽章は早くもメヌエットではなくスケルツォになっていて、それも単純にトリオの後でスケルツォを繰り返すのではなく、二度目のスケルツォは態々書かれていること。モーツァルトに比べてチェロが目立って活躍すること。第1楽章コーダのヴィオラに聴かれるように、ベートーヴェンのトレードマークである同音の刻みが音楽に強い推進力を与えていること等々。
作品9の3曲の中でも、特にこの第1番にはモーツァルトとの共通点もありながら、ベートーヴェン独自の作風が満載であることにも気付かせてくれました。

後半はモーツァルト。曲目解説でも指摘されていましたが、この作品はウィーンの商人ミヒャエル・プフベルクの依頼で書かれたもので、モーツァルトはプフベルクから何度も借金していただけではなく、フリーメーソンの仲間同士でもありました。作曲の目的は判りませんが、このディヴェルティメントがフリーメーソンと関係があったことは明らかでしょう。
フリーメーソンと言えば「3」が特別な意味を持っていますね。3人で演奏すること。♭が3つの変ホ長調で書かれていること。早い楽章・遅い楽章・メヌエットという3つのパターンの楽章が二つづつ組み合わされた6楽章で構成されていること。ベートーヴェンとの関連で紹介したように、3度の和音や3度下降(第1楽章)、3度上行(第2楽章)が頻繁に使われていること。最初のメヌエットではアクセントをずらすことによって、恰も戸を3度叩くような響きに聴こえること等々。

傑作なのは二つ目のメヌエットでしょう。ここでヴァイオリンが奏する逆付点音符(タータではなく、タターとなるリズム)を伴うメロディーは、魔笛で3人の童子が歌う旋律とほぼ同じ。弦楽三重奏が奏でる魔笛の一節に、思わずニンマリしてしまいました。魔笛は、言うまでもなく「3」を意識したフリーメーソンのオペラ。
モーツァルトにはフィガロの結婚や魔笛など、オペラり中に器楽作品で使ったモチーフを再登場させる場面が結構たくさんあるのですが、このディヴェルティメントと魔笛もそうした例の一つでしょう。ロータスはさり気無く演奏して見せるのですが、私は思わず膝を打ってしまった次第。

コロナ禍に伴う出演者変更、曲目変更から生まれたコンサートではありましたが、却って知ることが出来た楽しくも素晴らしい音楽の世界。客席の大きな拍手に応え、アンコールはベートーヴェンの弦楽三重奏曲ハ短調作品9-3から、第3楽章スケルツォでした。

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