日本フィル・第732回東京定期演奏会

7月最初の音楽会通い、昨日(7月9日)はサントリーホールで日本フィルの2020-21シーズン最後の東京定期初日を聴いてきました。
確か7月はアレキサンダー・リープライヒが客演するはずでしたが、来日叶わず、話題の指揮者・沖澤のどかが急遽ピンチヒッターに立ったもの。当初のプログラムが何だったかは忘れてしまいましたが、メインのメンデルスゾーンは沖澤が選んだ1曲、恐らく彼女の勝負曲なのだろうと推察します。こんなプログラムでした。

モーツァルト/歌劇「魔笛」序曲
ベルク/ヴァイオリン協奏曲
     ~休憩~
メンデルスゾーン/交響曲第3番「スコットランド」
 指揮/沖澤のどか
 ヴァイオリン/三浦文彰
 コンサートマスター/千葉清加
 ゲスト・ソロ・チェロ/海野幹雄

最初にこのラインナップを見た時に真っ先に思い浮かべたのは、これ、クラリネット・プログラムだな、ということ。変ホ長調の魔笛序曲にはクラリネットの響きが欠かせません。
ベルクも然り。冒頭、ソロ・ヴァイオリンに寄り添うのは2本のクラリネットだし、第1楽章後半のスケルツォに相当する舞曲は2本のクラリネットが歌い出す。第2楽章後半、ソロが引用するバッハのカンターからのコラールを受け継ぐのは、4本のクラリネット属の楽器たち。スコットランド交響曲でクラリネットが大活躍するのは御存知でしょう。クラリネット好きには堪らないプログラムじゃないでしょうか。

7月定期のコンマスは、同オケのアシスタント・コンマスを務める千葉清加。その対向位置には新たに首席ヴィオラに就任した安達真理が座り、フルート、オーボエ首席も含めて舞台は一層華やかさを増したようです。
オーケストラ全体の若返りが目立つ昨今の日本フィル、今回はソロ・チェロとして海野幹雄がゲスト。若い頃は熱心に通った父君率いるN響を少しだけ思い出す、というサプライズもありました。

沖澤のどかは、2018年の東京国際音楽コンクールに続いて2019年のブザンソン国際指揮者コンクールにも優勝した逸材。近年の日本人指揮者の優秀さには目を瞠るものがありますが、その中でも彼女の才能は一際目立っているのじゃないでしょうか。私はこの日彼女を初めてナマで聴きましたが、その無駄のない、的確な指揮に改めて感服しました。
日本フィルを振るのは今回が初めてとのこと。2020年6月に予定していた共演がコロナ禍で中止となり、いきなり東京定期でのデビューになったそうな。それでも舞い上がることなく、自身のペースを守りつつ(多分)、その意図するところを余すところなくオケに伝えていく技術の確かさも確認することが出来ました。

結果的には代演となったものの、今回選ばれた3人の作曲家。メインのメンデルスゾーンが生まれた1809年にはモーツァルトは既に亡く、ベルクが生まれた1885年は、メンデルスゾーンが亡くなって40年弱が経過していました。つまり3人の作曲家の生涯は一度も重ならない。ということは、三様の時代を代表する音楽家の作品という極めて広いレパートリーでデビューすることになった、ということでしょう。
彼女のベルクは、確か去年の秋口に漸く演奏会が開かれるようになった時期、二期会が最初に開いたコンサートで「ルル」のアリアを振るのを配信で見ました。ベルリン在住ということで未だ修行中ということでしょうが、今回の協奏曲でも見事に三浦をサポート。この面でも卓越した才能を見ることが出来ましたね。

名古屋でシベリウスを満喫した三浦、今回は敢えてベルクを見事に弾いて魅せました。この協奏曲は、私の記憶では日本フィルが日本初演したはず。1959年の日比谷公会堂で、当時のコンマスだったブローダス・アールのソロ、ウイリアム・ストリックランドの棒でしたっけ。
実は久し振りにナマ体験したベルク、所々思わずハッとするような美しさに触れることが出来たのは、三浦はもちろん、沖澤の楽譜を読む力、そこから見つけ出した作品のキモを余さずオケに伝えることが出来る彼女の才能も大いに寄与していたことは間違いないでしょう。

その譜読みの確かさが証明されたのが、メインのスコットランド。何よりテンポが良い。ただ速いだけではなく、テーマによって音楽の性格を的確に描き分ける。
例えば第1楽章は Allegro un poco agitato ですが、このアジタート(不安な、興奮した)感の表出が見事。そしてフィナーレ。第4楽章の表情記号にはありませんが、メンデルスゾーンは作品の頭に、第4楽章は Allegro guerriero と表記すべきだ、と注釈しています。ゲリエーロ、つまり戦闘的なというフィナーレの性格を、沖澤はキチンと読み切り、見事に音にして見せたのでした。

我が国では円熟の極みに達した巨匠たち、今が働き盛りのマエストロたちが数多く活躍されています。しかし若手にも素晴らしい人材が育っていることを忘れちゃいけません。
先の東京国際音楽コンクールで審査員を務めたアレクサンドル・ラザレフも、日本の若手指揮者たちが群を抜いて素晴らしいと評価していましたし、同じくユベール・スダーンも沖澤のメンデルスゾーンを激賞していましたね。

もちろん巨匠たちの至芸を堪能するのはコンサート通いの醍醐味ですが、犇めく若手たちが大舞台で思う存分持てる才能を発揮し、それを暖かく受け入れて共に良い音楽を創っていくオーケストラを聴くのも、聴き手としての大切な役割でしょう。
エッ、沖澤? 知らないなぁ。コロナも怖いし今回は止めておこう、などと考えている会員諸氏。こういう時こそ演奏会場に足を運ぼうじゃありませんか。聴き逃したら後悔しますよ。次は横山奏(東京2位)か熊谷優(東京3位)か、はてまた・・・。
次々と楽しみが生まれてきています。

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