フェスタサマーミューザ2021・東京フィルハーモニー交響楽団

今年のフェスタサマーミューザ、個人的チョイスの5番目は東フィルでした。去年は予定されていながら来日出来なかった首席指揮者バッティストーニのミューザ川崎初登場を聴き逃す手は無いでしょう。
そして、もちろん凄かった、ローマの松!!

ヴェルディ/歌劇「シチリア島の夕べの祈り」序曲
レスピーギ/組曲「シバの女王ベルキス」
     ~休憩~
ニーノ・ロータ/ハープ協奏曲
レスピーギ/交響詩「ローマの松」
 東京フィルハーモニー交響楽団
 指揮/アンドレア・バッティストーニ
 ハープ/吉野直子
 コンサートマスター/近藤薫

8月最初の金曜日の夜、3回あった平日夜セット券の最終回でもあります。やはりバッティーをミューザで聴きたいと思ったファンが多かったようで、これまで私が出掛けた今年のフェスでは最も客席が埋まっていたように感じました。
プレトークではマスク装着で登場したマエストロ、通訳を介して近況、演奏する4曲に付いての解説をコンパクトに語ってくれました。

中でも、来日直前に体験したオーストラリア事情には耳を傾けてしまいます。現地ではオペラ2演目(アッティラとオテロだったかな?)を上演する予定だったそうですが、リハーサルを終えた時点で突然のロックダウン。結局、本番を果たせずに中止になった由。その意味でもこの日、無事に聴衆の前で東フィルと音楽を創れたことを感謝していました。
しかしこれは他人事じゃありませんね。日本でも感染が急拡大し、音楽祭が中途で打ち切りになったり、予定されてたオペラが中止。またチケットは販売していたものの、最後の段階で無観客開催となったコンサートも出てきました。このまま感染のピークが見えない状況が続けば、現在では順調なクラシック音楽の演奏会にも中止要請、無観客での開催が求められてくるかもしれません。

そんな暗雲を払ってくれたのが、この日のバッティストーニ/東フィルの快演だったと言えるでしょう。暫し現実を忘れ、豪華な音の洪水を満喫してきました。
冒頭のヴェルディから全力疾走。ところでヴェルディのオペラ序曲は、オーバチュア Overture とは表記されていません。性格によってシンフォニア Sinfonia かプレリュード Prelude が正式なタイトル。例えば椿姫、リゴレット、アイーダはプレリュードで、ナブッコや運命の力はシンフォニアです。この感じ、判るでしょ。
今回取り上げられた「シチリア島の夕べの祈り」は、シンフォニア。日本語にすれば交響曲か交響詩でしょうが、正にバッティストーニのアプローチは交響曲を連想させるように立体的なものでした。もちろんチューバではなく、チンバッソが大活躍。この艶のある低音楽器こそヴェルディの真骨頂だ、と改めて実感します。

2曲目のレスピーギは、オーケストラのコンサートでは珍しい部類。私も多分初体験の一品でしたが、ブラスバンドの世界では人気曲なのだそうです(曲目解説は柴田克彦氏)。
そんなレア作品でしたが、オリジナルのスコアとは3か所ほど変更がありました。一つは、第2曲(夜明けのベルキスの踊り)と第3曲(戦いの踊り)が入れ替えて演奏されたことで、これは柴田解説によれば慣例通りなのだそうな。

変更の2点目は、マエストロがプレトークで紹介したように、「戦いの踊り」で使用される太鼓を日本の太鼓で演奏したこと。そもそもスコアには2台の戦いの太鼓(小と大) 2 Tamburi di guerra(piccolo e grande) と指示されているので、闘いの太鼓に具体的な楽器名が示されているわけではありません。従って、これは変更というよりは適切な選択かも知れませんね。尤も戦いというよりは祭り太鼓を連想してしまいましたが・・・。
変更の3点目は、第4曲(狂宴の踊り)の中間部で舞台裏から聴こえてきたトランペット。ここ、スコアではテノール歌手のヴォカリーズ(歌詞が無く、Ah~という歌声)が指示されていますが、レスピーギ自身がトランペットで代用も可、としていますから、変更には当たらないかもしれません。因みに第4曲は3本のトランペットがバンダとして参加。メインの「ローマの松」にも共通する見物になっていました。

「ダイナミックで色彩的なサウンドが鳴り響く」レスピーギで前半が盛り上がり、20分の休憩を経て後半へ。もちろん休憩中もマスクを装着、会話も密も避けて自席で静かに舞台転換を見守ります。

後半の最初は、これまたナマ初体験のニーノ・ロータ作品。ロータと言えば「ゴッド・ファーザー」や「太陽がいっぱい」などの映画音楽の作曲家というイメージですが、自身ではクラシック音楽が本業と語っていた由。バッティストーニもプレトークで3つの交響曲、オペラ、ファゴット協奏曲やトロンボーン協奏曲など珍しい楽器の協奏曲を書いていると紹介していました。ロータのクラシック作品はリッカルド・ムーティが熱心に取り上げていますが、バッティストーニも同士なのでしょう。
今回は名ハーピスト、吉野直子のソロ。この音楽に初めて接するのに、これ以上のチャンスはそうあるものじゃないでしょう。レスピーギとは真逆で、木管はフルートこそ2本(1本はピッコロ持ち替え)使われるもののオーボエ、クラリネット、ファゴットは各1本。金管もホルン2本とトランペット1本で、あとはティンパニと弦5部という小編成でした。正確に数えたわけじゃありませんが、ヴィオラがチェロより少ない人数だったのも珍しい光景。

全3楽章、急緩急のオーソドックスな構成で、第1楽章と第3楽章にカデンツァが置かれています。吉野の名人芸と、オーケストラの小さいながらも目に染みるような色彩が鮮やか。
当然ながらアンコールがありましたが、ハープには詳しくないので曲名までは判りませんでした。ハープには独自の世界があり、ルニエ、トゥルニエなど他のジャンルでは見かけない作曲家も少なくありません。曖昧な記憶ながら、このアンコールはハッセルマン(頭のHを発音せずアッセルマンと読む人も)の「泉」だったかも知れませんね。

そして舞台は再び大仕掛けとなり、誰でも一度は聴いたことのある「ローマの松」。いや、これは盛り上がりましたね。何と言ってもアッピア街道の松での二段・三段のクライマックスですが、静かな箇所、カタコンベ付近の松での裏吹きトランペット、ジャニコロの松での見事なクラリネット、何処で操作しているのかキョロキョロ見回す人が必ずいる鳥の声など、弱音の素晴らしさも特筆ものでした。
もちろんバッティストーニと東フィルの熱演に賞賛の嵐が巻き起こりましたが、最大の功績はミューザ川崎シンフォニーホールの音響そのものでしょう。オーケストラの極限まで上り詰めた大音量でも決して濁ることの無いアク―スティックの素晴らしいこと。金メダルは、このホールの音響設計を担当した豊田泰久氏にこそ贈られるべきでしょうね。
氏は1986年のサントリーホール、1995年の京都シンフォニーホール、1997年の札幌キタラなども手掛けられてきましたが、最高傑作は何と言っても2004年のミューザ川崎。ローマの松の頂点は、さすがのサントリーホールでも混濁して聴こえますが、ミューザでは一点の濁りも無い。

音響の素晴らしさは大音量だけじゃありません。ハープ・ソロの繊細で透き通った音色が、この大ホールでもクッキリと聴こえてくるのは奇跡と言っても良いほど。
願わくは、多くのオーケストラがここで演奏し、そのアンサンブルを更に磨いて行って欲しい。もっと稼働率を上げ、ここで川崎定期シリーズを新設するオーケストラが出て来ないものでしょうか。

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