日本フィル・第372回横浜定期演奏会

2021年11月、ほぼ2年振りに首席指揮者インキネンが日フィルの指揮台に戻ってきました。何と言ってもこれが話題の横浜定期でしょう。外国人指揮者がシェフを務めるオーケストラは東京を中心にいくつかありますが、恐らく最後に復帰したのが日フィルのインキネンじゃないでしょうか。
横浜定期の本拠地であるみなとみらいホールが改修中のため毎回演奏会場を変えている同シリーズ、本来は土曜日の午後6時開演なのですが、11月は平日の木曜日開催とあって午後7時開演。陽が西に傾いた時刻に山下公園の目の前にある神奈川県民ホールに出掛けます。イチョウ並木が美しく紅葉している季節ですが、残念ながら夜のコンサート。

ブラームス/悲劇的序曲作品81
ヴィエニャフスキ/歌劇「ファウスト」の主題による華麗なる幻想曲作品20
     ~休憩~
ブラームス/交響曲第1番ハ短調作品68
 指揮/ピエタリ・インキネン
 ヴァイオリン/扇谷泰朋
 コンサートマスター/田野倉雅秋(前半)
 コンサートマスター/扇谷泰朋(後半)
 ソロ・チェロ/菊地知也

10月はカルッツかわさきでラザレフがブラームスの第2交響曲を振りましたが、今回はインキネンの第1交響曲。最新情報によると来年1月、東京定期は出演者と演奏曲目が変更になってブラームスの第3交響曲が取り上げられるとか。短期間で別の指揮者によるブラームスが味わえるという昨今の日フィルでもあります。
インキネンは2017年の春に日フィルとブラームス交響曲チクルスを敢行していましたから、今回はその余韻を思い出す機会でもありました。

4年半前を思い出せば、第1交響曲はリスト作品との組み合わせで、悲劇的序曲は第2交響曲との組み合わせでチクルスを組んだインキネン。いずれも横浜定期での演奏で、オーケストラ・ガイドは共に奥田氏でしたっけ。今回は組み合わせが異なり、コンサート前のガイドも小宮正安氏に替っていました。
この日のプレトークでは、ブラームスとヴィエニャフスキの共通点と違う所、という話題からスタート。生年が2年違いという共通点から始まり、二人とも故郷を離れて活躍した音楽家であるということにも触れられます。ブラームスはピアノ、ヴィエニャフスキはヴァイオリンと楽器こそ違えど、活動初期には二人とヨーロッパ中を演奏して回るヴィルトゥオーゾであったという指摘が興味深かったですね。
小宮氏によれば、ヴィルトゥオーゾとは現在では単に技巧的に秀でた演奏家を表す言葉ですが、当時はそれだけでなく、交通事情の良くない地方を積極的に回るタフさと、何より各地でのパーティーでの話術や社交性にも長けた人、という意味合いも含んでいたのだそうな。このテーマ、現代の演奏家の在り方と比べて色々考えさせられてくれる問題でしょう。生涯ヴィルトゥオーゾであり続けたヴィエニャフスキと、そうはならなかったブラームス。二人の決定的な違いはそこにあるのかもしれません。

日本フィルのソロ・コンサートマスターを務める扇谷がそのヴィルトゥオージティを披露してくれたヴィエニャフスキのファウスト幻想曲、ソロ・リサイタルでは何度か聴いたことがありますが、本来の形である管弦楽伴奏で聴けるのは極めて珍しい機会じゃないでしょうか。少なくとも私は初めてオケ版をナマで聴きました。演奏会でヴィエニャフスキと言えばヴァイオリン協奏曲、それも第2番だけが(たまに第1番も)取り上げられてきたと思いますが、最近ではヴィエニャフスキをオーケストラの定期演奏会で聴く機会すら少なくなっているような気がします。

プログラムに掲載されている楽器編成を見ると、通常の2管編成にピッコロが加わり、トロンボーンも3本使われるという華やかなもの。実際に聴いてみると、僅かではあるけれどヴィオラ(安達真理)とチェロ(菊地知也)もソロとして加わる箇所も出てきます。ピッコロが登場することもあり、オーケストラは時にソロを圧倒するほどに賑やか。その中を潜り抜けるように、時には制するように超絶技巧を繰り出す扇谷に、改めてソリストとしての顔を見ることが出来る貴重な機会でもありました。
そう言えばインキネンと扇谷が揃ってヴァイオリンを奏で、バッハの二重協奏曲を演奏したのも横浜定期、会場も同じ神奈川県民ホールじゃなかったかしら。インキネンも多分、あの時の「Ohgitani san」を思い出していたことでしょう。

前後に演奏されたブラームス。ヴァイオリンを両翼に据え、コントラバスを下手に並べる対向配置は、インキネンのドイツ音楽スタイル。低音をベースに音を重層的に響かせていくドイツ音楽は、インキネンが日本フィルに持ち込んだ要素でもあります。
2年振りに見たインキネンの指揮は、以前に比べてより動作が大きく、更に感情表出が積極的になったような気がしました。何よりも音楽の流れが自然で、強引に独自の解釈を押し付けるようなところが無い。肩の力は抜けているのに、音楽は緊張感とパッションに溢れて淀みがない。オーケストラも無理なくインキネンの目指す方向に寄り添い、特に厚みを増した弦楽器群のパワーは正にブラームスそのもの。第4楽章のクライマックスでは弦が唸り、インキネンの頬も赤く染まったほど。

第2楽章が終わったところで思わず拍手した聴衆もいましたね。毎夏ロンドンで開催されているプロムスでは楽章間の拍手は日常茶飯事で、日本でこういう光景に接したのは珍しいこと。これ、嫌う人が多いかもしれませんが、私は自分ではやりませんが同感します。例えば超絶技巧を披露した協奏曲の第1楽章の終わりで拍手が出ない日本の慣習の方が不自然だと思うほど。昨今では場内アナウンスが拍手のマナーについて煩く言いますが、あれ、余計なお世話ですよ。
県民ホールでの楽章間拍手、私はその勇気に拍手したいと思いました。

全曲が堂々と締め括られた後の大拍手に応え、アンコールはバッハの管弦楽組曲第3番からアリア。これがまた絶品でしたね。
バッハの音楽は通常、クレッシェンドやディミニュエンドを付けず淡々と演奏するものですが、アンコールのアリアは潮の干満の如く寄せては退いていく弦楽合奏。滅多に聴けないバッハに、年を取って涙もろくなった私は思わず泣いてしまいましたワ。音楽って、本来こういうものじゃないの。

今回のインキネン来日はこのプログラムだけ。3日間続けて演奏されるそうですが、金曜日はクローズドの由。20日に杉並公会堂で開催される公開演奏会はライブ配信されるので、それもシッカリ聴きます。

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