サルビアホール 第136回クァルテット・シリーズ

久し振りの鶴見、サルビアホールでクァルテット・シリーズを聴いてきました。このシリーズ、確か8月のチェルカトーレ以来で、今年最後の例会でもあります。
思えば去年3月にコロナ感染が拡大してからというもの、クァルテット・シリーズは中止と延期に翻弄され続けてきました。もう2年近くになろうというのに未だ影響は収まらず、昨日の第136回は第何シーズンだったのかも思い出せません。チケットを確認してみると、どうやら当初はシーズン43の1回目、ベルリン=トウキョウが出演する予定だったものが延期と中止、代演と変わって漸く実現したもの。誰もがホール受付で “このチケットで良いんですよね” という会話を交わしていた筈です。

で、無事に聴けたのがタレイア・クァルテットによる以下のプログラム。

ハイドン/弦楽四重奏曲第29番ト長調作品33-5「ご機嫌いかが」
ヒンデミット/弦楽四重奏曲第7番変ホ長調
     ~休憩~
ブラームス/クラリネット五重奏曲ロ短調作品115
 タレイア・クァルテット
 クラリネット/アレッサンドロ・べヴェラリ Alessandro Beverari

タレイアQはサルビア初登場。私も実際に彼女たちを聴くのは二度目。去年9月に第一生命ホールでクァルテット・エクセルシオと共演(ガーデのオクテット)した際に単独で聴いたヤナーチェク(第2番ないしょの手紙)だけですから、ほとんど初体験に等しいと言えそう。
タレイアのプロフィールに付いては2020年9月のブログにやや詳しく書きましたので、ここではメンバー名のみ挙げておくと、ファーストは山田香子(やまだ・かこ)、セカンドが二村裕美(ふたむら・ひろみ)、ヴィオラは渡部咲耶(わたべ・さくや)、チェロが石崎美雨(いしざき・みう)という面々。2014年に東京藝術大学在学中に結成した団体です。セカンドが3人目で、他の3人が結成時からのメンバー。前回晴海で初体験した時と同じ4人でした。
楽器の並びは、舞台下手からファースト→セカンド→チェロ→ヴィオラの順。これが後半ではクラリネットが舞台上手に位置し、ヴィオラとチェロが入れ替わりました。楽器の向きがクラリネットと合うようにとの配慮でしょう。

その後半では、イタリアの若手クラリネット奏者べヴェラリを迎えてブラームスの名作を演奏するのがメイン。ヴェローナ生まれのべヴェラリは2017年から東京フィルの首席を務めており、オーケストラ・ファンにとってはお馴染みの顔でしょう。
クァルテット・シリーズにクラリネットが参加するのは今回が3度目。2017年2月にはロイスダール・クァルテットにチャールズ・ナイディックが加わってウェーバーを、同年9月にも古楽器のロンドン・ハイドンQとエリック・ホープリッチがバセット・クラリネットで共演してモーツァルトを取り上げていました。今回のブラームスでクラリネット五重奏曲の3大名曲が勢揃いしたことになります。

ブラームスの晩年、と言ってもまだ50歳だが、と解説にも書かれていましたが、若手演奏家による新鮮なブラームス。サルビアホールのような小さい空間ではバランスが難しい組み合わせですが、大健闘。特に第2楽章アダージョでは弱音を良く響かせていたと思います。弦楽器が全員弱音器付きということで、他の楽章との音量差、質感の違いも良く聴き取れました。
演奏が終わって4人が和気藹々と互いを称え合う様子に、思わず客席から笑いも。アンコールとしてエンニオ・モリコーネのニュー・シネマ・パラダイスが披露されました。イタリア人べヴェラリならではの選曲でしょうが、映画には疎い私でも何処かで聞いたことのあるメロディー。こんなことを言っては失礼かもしれませんが、このワルツがこの日最高の聴き物だったかも。

前半はハイドンとヒンデミット。ハイドンの作品33-5はサルビアでは3度目で、これまでモルゴーア、ほのクァルテットが取り上げてきました。私がクラシックを聴き始めた頃は「ご機嫌いかが」というタイトルはありませんでしたが、誰が、何時頃から呼び始めたんでしょうね。ハイドンの斬新さが発揮された一品で、第2楽章ラルゴの最後がピチカートで終わったり、第3楽章がスケルツォだったりと、ハイドン好きには堪らない音楽です。
ただし演奏は、実は難しい。図らずもそのことが明らかになってしまったのがタレイアの挑戦だったかも。音楽の構造も然りですが、初めてのホールでバランス良くハイドンを響かせるのは至難の業ですね。

一方のヒンデミットは、サルビア初登場の作品。単に第7番というだけでなく、ヒンデミット作品がサルビアに鳴り響いたのもこの夜が最初のことでした。
ヒンデミットには弦楽四重奏曲が7曲あり、この7番はその中でも最も短く、演奏時間も15分ほどでしょうか。特に第1楽章 Fast と第2楽章 Quiet, Scherzando が極めて短く、あっという間に終わってしまいます。
力作は第3楽章で、Slow で始まり、途中から Fast に。最後は Slow が回帰して終わる所謂3部形式で、この楽章が最も聴き応えがしました。第4楽章はカノンで、Moderately fast, Gay という表記。聴いているとそれ程でもないのですが、きっと演奏者には弾いていて面白い音楽なのだと思われます。

そもそもヒンデミットはヴァイオリン奏者としてキャリアをスタートさせた人で、フランクフルトのオペラとオーケストラでコンサートマスターとして活躍していました。その後アマール弦楽四重奏団ではヴィオラを担当し、要するに弦楽器に付いてはスペシャリスト。
そういう先入概念がある所為か、今回演奏された7番でもヴィオラが目立って聴こえてきます。一例を挙げれば、第2楽章スケルツァンドでヴァイオリンとチェロが全員ピチカートの中、ヴィオラが一人メロディーを弾く箇所が12小節にも亘って続く箇所が出てきます。ここなど自身が弾くことを意識して書いたのではないか。
第7弦楽四重奏曲はヒンデミットがアメリカに亡命してからの作品で、正式な初演は1946年3月にブダペスト・クァルテットが行いましたが、私的にヒンデミット自身もチェリストの妻と共に演奏したことは間違いないでしょう。
アメリカ亡命以後のヒンデミットを堕落と評価する向きもあるようですが、もう一度聴き直してみる価値があるかも。そんなタレイアの初ヒンデミットでした。

ところでこの日はヒンデミットとブラームスが並びましたが、二人は共に北ドイツのプロテスタント音楽家ですよね。典型的な保守派。ブラームスもヒンデミットもレクイエムを1曲だけ書いていますが、どちらもラテン語ではなく、ブラームスはドイツ語で(ドイツ・レクイエム)、ヒンデミットは英語で(前庭に最後のライラックが咲いた時)作曲しているのが如何にも象徴的じゃありませんか。
そう言えば、ヒンデミットはウィーン・フィル初来日の時の指揮者。日比谷公会堂でのコンサートで、1回はブラームスのハイドン変奏曲と自作のシンフォニエッタを並べ、もう一回はブラームスの二重協奏曲の次に「気高い幻想」を指揮しています。ヒンデミットにブラームスへのシンパシーがあったと考えるのは私だけでしょうか。

そんなところにまで連想が飛んでしまった今年最後のクァルテット・シリーズ、次回は来年3月、エクセルシオのショスタコーヴィチ・シリーズまで4か月のお休みとなります。

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