ミュージック・トゥモロー・2009

昨日は初台、東京オペラシティコンサートホールでNHK交響楽団の現代音楽の会を聴いてきました。
Music Tomorrow 2009
原田敬子/エコー・モンタージュ~オーケストラのための(2008)
斉木由美/モルフォゲネシス(世界初演)
     ~休憩~
藤倉大/secret forest for ensemble(2008)
リゲティ/ヴァイオリン協奏曲(1992)
 指揮/ジョナサン・ノット
 ヴァイオリン/庄司紗矢香
 コンサートマスター/篠崎史紀
N響が1952年から継続している尾高賞の受賞作品を中心とした、現代音楽ばかりのコンサートです。尾高賞作品、以前は定期演奏会で演奏していましたが、1988年からは定期と切り離し、最初 Music in Future の名で、現在は Music Tomorrow として毎年紹介されているものです。今年で22回目。
私は実際にナマで体験するのは初めてですが、放送では何度か接しています。今年は選ばれた作品の作曲者が馴染みのある名前、一度聴いておこうと考えて出掛けました。
高いチケットは買えないので3階席。それでも1列目の真ん中ですから、飛ぶように売れるチケットじゃないんでしょう。
それでも入りは良かったですね。もちろん1階席では空席もかなり目立ちますが、3階は自由席を含めて満席に近かったかも。いつもN響定期を聴いている人じゃないらしい若い聴衆が目立っていました。
現代作品ですから、この演奏会だけ聴いてどうこう論ずる力は持ち合わせていません。簡単な感想だけ。
最初に原田、斉木、藤倉3氏と司会(白石美雪)によるプレトークがあります。プログラムに書かれていることとほぼ同じ内容。
前半は女性の作品で、どちらも大編成のオケによる作品。例によって特殊楽器がふんだんに登場し、カネもかかるし練習・演奏も大変だろうと思われます。
原田作品は第57回尾高賞受賞作品で、去年のこのコンサートで世界初演された(ジャン・ドロワイエ指揮)N響委嘱作。
タイトルは echo(波及的影響)と eco(生態=演奏家)を兼ねたもの、と相変わらず難しい表現をします、この作曲家。
「全体は3つの部分からなり、続けて演奏され」ますが、いわゆる楽章ではないようですね。
2階左右のバルコニーに、夫々二人づつのヴァイオリンを置き,通奏低音のような効果を出します。ただし3階奥では、それほどの効果には聴こえません。
プログラムに書かれた外山雄三氏の選考評では、「終結部分が懲り過ぎかと感じた」そうですが、私にはあまり長さを感じさせない作品と聴こえました。
続く斉木作品。これはN響の委嘱作品で、これが世界初演。来年の尾高賞候補の一品になるのでしょう。
斉木と言えばアントモフォニーの連作に代表される「虫」シリーズの作曲家。比較的静謐な作品が多かったようですが、今回の新作はかなりダイナミックで動的な作品。
タイトルは「形態形成」の意で、これまでの昆虫シリーズと相通ずるものもあります。斉木によると、このシリーズの初の試作で、今後同じコンセプトで更に展開させる予定とか。
私には最も耳に馴染む響きと感じられました。
休憩後はガラリと編成が小さくなり、まず藤倉作品。これも第57回尾高賞受賞作品。紀尾井ホール+いずみホール共同委嘱作品で、アール・レスピランによって初演された作品。
舞台上には弦楽器だけが並び、木管と金管はホール1階客席の隅々に分散されて配置されます。
(3階席からは、前列左右のフルート、クラリネット、中央のファゴット、中央左右のホルンしか見えません。多分後方にトランペット、トロンボーンが位置していたのでしょう)
管楽器奏者たちは楽器を吹くほかに、雨の音を出す一種の打楽器も操作します。
客席に置かれた「木管と金管は僕の頭の中では森をイメージし、真ん中にいるバスーンはそこへ歩いて行く人」と考えたのだとか。
ただし「森」は例えば斉木氏のイメージする森とは正反対で、都会でイメージする自然。
最近の藤倉は何処でも見かける人気作曲家に急上昇しましたが、3曲の中では最も聴衆受けしていたようです。
外山評、「初演の演奏が粗雑であるため、作品そのものが平凡な印象を与える危険があった」というのが気になりますね。外山さん、ズバリ書きましたねぇ~、初演って誰が指揮したんですか?
最後はリゲティ。私も昔はリゲティをよく聴きましたが、これは初めて聴いた晩年の大作。オーケストラというより室内アンサンブルに近い編成です。
ヴァイオリン、ヴィオラ、コントラバス(全て1本)の3人には特殊な調弦がされているそうで、チューニングが珍しい光景。
管楽器奏者も自分の楽器の他にオカリナを吹いたり、打楽器奏者にも縦笛があてがわれています。
3曲の日本人現代作品を聴いた後では、リゲティと雖も古い音楽に聴こえました。
全5楽章という構成。
最後にヴァイオリン・ソロがカデンツァを弾くこと。
「私はどこにも属していない」と言いながら、第1楽章などどうしてもハンガリーを感じてしまうこと。
第2楽章のオカリナはマショーのモテットを模していること。
第3楽章はスケルツォを、第4楽章は緩徐楽章を連想させること。等々。
ヴァイオリン・ソロの庄司には盛大な拍手と歓声が浴びせられていましたが、ほとんどの聴衆はやはり伝統的な音楽スタイルを好むのでしょうね。
指揮のノットは初めて聴きましたが、練達な指揮で現代モノが達者な印象。
オケも名人揃いでしょうが、リゲティでは金管楽器などにもっと高い精度が望まれます。
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2件のフィードバック

  1. サイクリストたく より:

    こんにちは。
    クラシック暦40年、現代音楽暦1年のサイクリング大好きおやじサラリーマンです。昨年から現代音楽中毒に罹っており無調も調性もおもしろく聴いています。CDを聴きあさっていて特に驚くのは現代音楽に多くの女性の作曲家が進出していることです。また日本にも原田・斉木といった人たちを含め世界で活躍している女性作曲家が数多くいます。といっても歴史的に見ればこれは全く驚くに値しないことでしょう。昔からクラシックではクララ・シューマンやリリ・ブーランジェといった女性がいましたがあまり曲が残っていません。しかし現代音楽でまず出てきたのはそふソフィア・グバイドゥーリナという名前。それからウストヴォリスカヤ、モンク、オリベイロスなどすばらしい音楽が出てくる出てくる。これからのクラシックは女性が創っていくことになるようです。

  2. メリーウイロウ より:

    サイクリストたく 様。
    コメントありがとうございます。
    全く同感です。私が注目している望月京も女性ですし、彼女はドイツの老舗楽譜出版社ブライトコプフと専属を結んでいます。
    今年のロンドン名物プロムスの皮切りを務めたウェアー Weir という作曲家も女性ですしね。

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