メゾン=ラフィットの終戦

昨日の火曜日、フランスのメゾン=ラフィット競馬場で三つのパターン・レースが行われ、この競馬場の重賞が幕を閉じました。
一日に複数のパターン・レースが行われるのも、フランスではこの日が最後です。ではレース順に。

ミエスク賞(GⅢ、2歳牝、1400メートル)。もちろん名牝ミエスク Miesque の名前を冠したレースで、2001年の創設です。この年にフランスのパターン・レース体系が見直されたのでしたね。

8頭の登録から1頭が取り消して7頭立て。
勝ったのは69対10に支持されたリクシロヴァ Lixirova 。重馬場を得意とする馬で、馬場状態にも恵まれましたが2着に2馬身差を付ける楽勝。その2着にはイギリスから挑戦してきたアブソリュート・ミュージック Absolute Music が入り、半馬身差3着には最後方から追い込んだスペインのエルコリー二 Ercolini 。
9対5の1番人気を集めたへヴンズ・ハート Heaven’s Heart は5着凡走に終わりました。

リクシロヴァを調教するデヴィッド・スマガ師はこのレース3連覇。鞍上はこれまでのブフに替ったグレゴリー・ブノア、調教でいつも同馬に跨っている若手で、馬も騎手とは馴染みの間柄でした。

来年はトライアルを一叩きしてからイギリスかフランスの1000ギニーを目指す意向だそうです。

この日のメインとも言えるのが、クリテリウム・ド・メゾン=ラフィット(GⅡ、2歳、1200メートル)。1891年創設の歴史ある一戦で、当初は当時10月中旬に組まれていたグラン・クリテリウムのトライアルという位置付けにありました。
1971年のパターン・システム導入時からGⅡランクで、1980年まではグラン・クリテリウム・トライアルとして機能してきたのですね。しかし1981年以降は現在の時期、シーズン末期のパターン・レースとして定着してきています。

6頭が登録していましたが、当日の朝、1番人気を集めていたソルシエール Sorciere が取り消してしまい、結局5頭立てとなって人気もイギリスから遠征してきたアワ・ジョナサン Our Jonathan に(6対4)。

しかしこういう時は意外にすんなり収まるもので、末脚を武器にするアワ・ジョナサンは重馬場を考慮してかいつもより前で競馬。勝負所でも得意の脚が見事に切れ、2着以下に1馬身半差を付けて、着差以上の楽勝です。
2着はアスコット・グローリー Ascot Glory 、頭差3着にドールド・アップ Dolled Up の順。

アワ・ジョナサンはこれで6戦4勝。前走はアスコットのコーンウォリス・ステークスを後方からの追い込みで制しましたが、今日は早めに好位置に付ける自在の脚も披露。来シーズンも期待される1頭でしょう。

調教師ケヴィン・ライアン、騎手ジェイミー・スペンサーのコンビは、2005年のバルサザールズ・ギフト Balthazaar’s Gift に続いてこのレース2勝目です。

最後はセーヌ・エ・オワーズ賞(GⅢ、3歳上、1200メートル)。1906年に創設され、ずっと2歳馬にも出走資格がありましたが、1981年からは2歳馬は締め出されています。実際、あまり2歳馬の参戦はありませんでしたからね。パターン・システム導入時からずっとGⅢにランクされてきたスプリント戦。

これも1頭の取り消しがあって12頭立てで行われました。
ここにもイギリスから3頭が挑戦してきましたが、ここは地元フランス勢がワン・ツー・スリーを独占して意地を見せています。

勝ったのは22対5のダンケルク Dankerque 。2着に4分の3馬身でサリュー・ラフリケン Salut L’africain が入りました。2・3・4着は大混戦で短首、短首で3着にブルー・カイエンヌ Blue Cayenne 、4着に1番人気(17対5)のティザ Tiza という結果。
イギリスの3頭は重馬場に殺されたのか、7着から9着までに沈んでいます。

勝ったダンケルクはクリティック・ヘッド=マーレク夫人の調教、ドミニック・ブフが騎乗していました。重得意な馬に特有なズブさがある馬で、このレースでもブフは最初からオッツケ通し。もう少し距離が延びた方が良いタイプかも知れません。
馬主は調教師とフレッディー・ヘッド師の父親でもあるアレック・ヘッド翁(この方も名調教師でした)。陣営では来年も現役を続け、もう少し上のクラスを狙うのだそうです。

 

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