東京シティ・フィル第235回定期演奏会

1月も後半になって漸く正月気分も消え、本格的なコンサート・シーズンが再開されました。私にとっても今年最初のオーケストラによる演奏会。定期会員ではないものの、新年早々の絶対に聴き逃せないプログラムを一回券で楽しんできました。

『フランス音楽の彩と翳』Vol16「麗しのマリアンヌ」
マスネ/組曲第7番「アルザスの風景」
ダンディ/フランス山人の歌による交響曲
     ~休憩~
マニャール/交響曲第4番
 指揮/矢崎彦太郎
 ピアノ/相沢吏江子
 コンサートマスター/戸澤哲夫

パリに拠点を置きながら、東南アジア各地でオーケストラを指導する矢崎彦太郎が長年取り組んできたシティ・フィルとのフランス音楽紹介プロジェクト。遂にマニャールまで到達したかと思うと感慨も一入じゃありませんか。
若い頃はアテネ・フランセなどにも通ってフランスかぶれしていたメリーウイロウにとっては、憧れのマリアンヌ、フル・コースです。

演奏会を協力している日本航空は目を覆うばかりの惨状ですが、後援にフランス大使館が控えています。コンサートのチラシにも大使館の認可を受けて共和国のロゴマークが印刷されるほどの肩の入れよう。
そのせいもあるでしょう、会場はフランス人が大挙して押し寄せている様子、特に子供たちの可愛らしい笑顔が目立ちます。初台はフランスに占拠されたのかぁ~!

さて今日の3曲、真ん中のダンディは別としても、ナマでは滅多に聴けない作品。レコードなどでは知っていましたが、改めてナマで聴いてその真価に触れた思いでした。
ダンディだって遥か昔にN響で聴いた記憶がある程度、どうして最近は演奏されることがないのでしょう。

冒頭のマスネは1842年生まれ。オペラの作曲家としてしか知名度はありませんが、残されている管弦楽曲は僅かに8曲。そのうち7曲が通し番号の付いた組曲で、今回の7番は最後のものです。
レコードなどの印象で、絵葉書的な音楽とばかり考えていたのは大きな過ち。実はドーデの短編「月曜物語」の第17話「アルザス! アルザス!」に刺激されて書かれた作品なのですね。

度々の戦乱に見舞われたアルザス地方。普仏戦争に従軍した経験を持つマスネが複雑な過去に馳せた思いを聴きとるべきだったのです。
第4曲「日曜日の夕べ」、舞台裏で演奏されるバンダによる軍楽の響きが何モノかを暗示させます。そして、第3曲「菩提樹の下」で鳴らされる舞台裏の鐘とチェロ独奏にクラリネットが絡むメロディーの美しいこと。

終了後のカーテンコールでは舞台裏のメンバーも舞台に登場。トランペット、コルネット、小太鼓2人と鐘の奏者、それにバンダを纏めた副指揮者の6人にも暖かい拍手が送られます。

ダンディではニューヨーク在住の相沢吏江子(あいざわ・りえこ)が登場、久々となる日本でのオーケストラ共演が実現しました。

スタインウェイ・ピアノはあたかもピアノ協奏曲のような位置にセットされましたが、これはあくまでもピアノ独奏付きの交響曲。協奏曲のようなソリストの技巧を前面に出した作品ではありません。
矢崎/相沢もあくまでも作品の本質に沿った演奏で、フランス交響楽の伝統である循環形式をクッキリと印象付けてくれました。

ここではハープを指揮者の前に置いて、この楽器にもコンチェルタントな性格を与えて解釈していることが目を惹きます。

ところでダンディは1851年生まれ。彼もまた普仏戦争に従軍した人で、この交響曲は彼のフランスへの祖国愛によって生まれた作品。選曲した矢崎の意図は明らかでしょう。

そしてメインのマニャール。
彼は1865年にパリに生まれながら、生来の厭世壁のためにパリ郊外のバロンで生活していた作曲家です。華やかなパリ楽壇を避けていたことが、今日のネグレクトの遠因ではないでしょうか。

マニャールもまた、戦争の犠牲者です。第1次世界大戦の最中、自宅の敷地内に侵入したドイツ兵との銃撃戦で戦死。自宅は放火されて多くの作品や自筆譜が消失してしまったのです。

手元にある第3交響曲のアンセルメ盤の日本語解説では、“侵入して来たドイツ兵を2名射殺”とあり、最近ヘフリッヒから復刻された第4交響曲のスコア序文には“一人を射殺し、一人は負傷” と書かれています。
ところが今回のプログラム・ノートには、“一人を射殺、一人の右肩に傷を負わせたものの・・・” とあるではありませんか。

あまりの詳しい解説に唖然としたら、この解説は矢崎彦太郎氏自身の手になるもの。3人の作曲家に所縁のアパルトマン等の写真は、恐らく矢崎氏自らがシャッターを切ったものと思われます。
このプログラムを読めるだけでも聴きに来た価値は充分。

マニャールはどんな作曲家か?

誤解を恐れずに断言すれば、彼こそは「フランスのブルックナー」と呼ぶに相応しい人だと思います。
対位法を駆使した作曲技法、フーガを用いた作品展開、オルガンを連想させるオーケストレーション(特にフランスのオルガン)、最後に登場する感動的なコラール、絶対音楽への志向等々。

その上で、序奏に木管で出る動機が第1楽章と第4楽章を閉じる音楽として響き、同じ動機が第2楽章と第3楽章にも顔を出すフランスの伝統である循環形式が使われているのです。

矢崎の作品の構造を見据えた的確な指揮は、恐らくスコアを見たことの無い人でも理解できたでしょう。
その堅実で丁寧な指揮には愛情と熱情が溢れ、オーケストラも精一杯の大熱演でこれに応えます。
ブルックナー・ファンならずとも、マニャール聴くべし!!

プログラムを演奏し終え、マエストロが客席に語りかけます。一言一句を覚えていないので趣旨をかいつまめば、

“今日演奏した3人はフランスの難しい時期に活動した作曲家たち。人間には創作という素晴らしい面がありながら、一方で暴力と言う業も持ち合わせています。今日はその人間の二つの面を持つ作品を選びました。新年には相応しくないテーマですが(笑)、逆に新年だからこそ改めて人間に就いて考えてもらいたいプログラムです”

決して満席とは言えない会場からも大きな拍手が起こり、新年最初の重要なコンサートの幕が下りました。

 

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