東京シティ・フィル第247回定期演奏会

本来なら3月17日に行われるはずだった東京シティ・フィルの3月定期、3・11大震災の影響で延期されていましたが、昨日漸く4か月遅れで開催されました。会場は当初の予定通り、初台の東京オペラシティ・コンサートホール。
前シーズン最後の定期、通常のコンサートであれば「中止」の憂き目を見たかもしれませんが、本会は同オケ創立35年を記念したベートーヴェン交響曲全曲シリーズの最終回とあって、何とか延期してでも開催に漕ぎ着けたいという関係者の努力の賜で実現したものです。
プログラムは、

ベートーヴェン/「コリオラン」序曲
ベートーヴェン/交響曲第2番(マルケヴィッチ版による)
     ~休憩~
ベートーヴェン/交響曲第5番(マルケヴィッチ版による)
 指揮/飯守泰次郎
 コンサートマスター/戸澤哲夫

このシリーズ、私はどうしても都合が付かなかった第6・第8の回以外は全て聴いてきました。シリーズのスタートは余り注目されていなかったようですが、昨日の最終回は多くのベートーヴェン・ファン、飯守マエストロを敬愛する多数の聴き手で盛り上がり、大成功の裡に幕を下ろしました。

今回の全曲演奏シリーズはイゴール・マルケヴィッチ版を使用することに意義があり、恐らく世界でも初めての試みになるはずです。また全ての演奏会がライヴで収録されており、いずれ全集の形でCD化されると聞いています。実現すればこれまた世界初の快挙。改めてシティ・フィルと飯守泰次郎氏に敬意を表したいと思います。
これがただの特殊な版による全曲演奏なら特記するほどのことでもありませんが、マルケヴィッチ版は200年に及ぶベートーヴェン演奏の集大成として普遍的な価値を見出そうという姿勢に貫かれており、今回の演奏も単に譜面を忠実に音にするに止まらず、本来ベートーヴェンが意図したであろう音楽の在り方に迫る名演奏であったからこそ、多くの聴衆の共感を得ることが出来たのでしょう。

いつものように、マエストロのピアノ弾き語りによるプレ・トークがありました。毎回版についての解説がありましたが、今回はボウイングについて。
プログラムには譜例も挙げられていましたが、同じものは同団のホームページでも読むことが出来ます。不幸にしてナマに接しられなかった皆さんは、そちらを見て下さい。
要するに、現代の合理性と能率を重視したボウイングではなく、音楽表現の多様性に重きを置いたもの。マルケヴィッチが進行する世界のスピード化に警鐘を鳴らしたもの、と考えても良さそうですね。

今回は第2と第9との関連についても、マエストロから指摘がありました。もちろんマルケヴィッチが「見つけ出した」ことで、これは目から鱗の新発見。改めてベートーヴェンが本当の意味で「コンポウザー」だったこと、マルケヴィッチの拘りと慧眼に蒙を啓かれる思いがしました。

最終回の演奏も、これまで同様、私が最も聴きたいベートーヴェンを実現していました。プレトークでも紹介されていましたが、現代の流行は古楽器系ベートーヴェン。確かに当時の制約ではあのような演奏にならざるを得なかったのでしょうが、ベートーヴェンが本来目指していたのは、この夜に響いたような音楽に違いないのです。
ベートーヴェンは時代を超える音楽家だった。
冒頭のコリオラン(これはマルケヴィッチ版じゃありません)の第一音からして、流行のベートーヴェンとは一味も二味も違うもの。重厚な響きには精神の力が内包されているのです。

第9の先駆けとして、明るさと歓びに溢れた音楽の中にも人間としての苦悩や悲哀を意識させる第2交響曲の素晴らしさに新たな感動を覚えます。

そして第5。第1楽章の第2主題はホルンに変更され、第4楽章の繰り返しも実行されます。例の「タ・タ・タ・ターン」は単なる第1主題としてでなく、僅かに長めに引き伸ばされることで、作品全体のモットーであることが明らかにされます。
音楽は単に音の羅列ではなく、人類に向けたメッセージであること。こうでなければ、現代にベートーヴェンを演奏することの意味は無いとさえ思われるのでした。

第4楽章でスケルツォが回想される個所(第153小節から)は、単なるG音の連続ではありません。この「ジャッ、ジャッ、ジャッ、ジャッ」という音の刻みに、マルケヴィッチと飯守泰次郎のベートーヴェンへの想いが集約されているように感じられました。

終演後、拍手喝采は鳴り止まず、客席のライトを明るくして漸くコンサートが終了。
多くの若者がスタンディング・オーヴェイションでマエストロを讃える姿に、日本のクラシック・ファンが健全であることを思いましたね。こんなベートーヴェン、日本でしか聴けないのではないか・・・。

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