強者弱者(52)
雪見
丑の日。風寒く日くらし。店頭よき人の毛皮に襟脚の白きを包みて寒紅を求むる姿にくからず。
雪見。山手線の便を利して郊外を一周するもの多く、電車何れも満員。新聞社の社会部員が日比谷公園、不忍の池、さては向島に馳せて功を争う時、怜悧なる市民は乗車賃十幾銭を投じ坐らにして、郊外十里の雪を賞す。忽ちにして海、忽ちにして岡、忽ちにして水田、忽ちにして平野、忽ちにして市街、呉服橋より上野に至って約一時間、車を捨てゝ池畔に酌まんとす。友あり、先んじて清興を同うしたるもの、会々相逢うて其思ひつきの遅きを嘲りたるもよし。
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これは中々面白い情景描写だと思います。最近の東京では降雪を見ることがほとんどありませんが、私の子供の頃は毎年のように積雪があってよく雪合戦で遊んだものです。
安普請の屋根裏に雪が吹きこんで、その雪掻きを手伝ったこともよく覚えています。
明治の頃はもっと雪が頻繁に降ったようで、100年前に開通した山手線で東京を一周する雪見が流行した、という話ですね。
こうした庶民の暮らしに繋がるような古い記録はほとんど話題にならないだけに、こうした随筆は貴重だと思います。
現在は山手線で一周しても車窓の風景は何処も同じですが、この頃は海、岡、水田、平野、市街と多彩な冬景色を楽しめたものと思います。
色々な意味で、明治は遠くなりにけり、でしょうか。
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