日本フィル・第617回東京定期演奏会

新年最初、1月の日本フィル東京定期はマエストロ飯守のブラームスがメイン。今年古希を迎える飯守泰次郎の振るブラームス最後のシンフォニーに期待が高まります。プログラムは、

小山清茂/管弦楽のための《鄙歌》第2番(日本フィル・シリーズ再演企画第4弾)
湯浅譲二/交響組曲《奥の細道》
     ~休憩~
ブラームス/交響曲第4番
 指揮/飯守泰次郎
 コンサートマスター/扇谷泰朋
 フォアシュピーラー/江口有香
 ソロ・チェロ/菊地知也

ここ数シーズンの日本フィル東京定期は古今の交響曲の再発見が大きなテーマですが、同時に同団創設以来の大きな柱であった「日本フィル・シリーズ」の再演プロジェクトも重要な隠れテーマになっています。
これまで井上による吉松作品、尾高による三善作品、広上による武満作品が取り上げられてきましたが、今回はシリーズ第27作である小山作品が取り上げられました。

各オーケストラが同時代の作曲家に新作を委嘱することは比較的多いのですが、その多くは初演にして終演、一度だけの演奏で終わってしまい勝ちです。そんな中で日本フィルが旧作を振り返り、新たな視点で作品を見直すことは極めて意義あること。
この企画、可能な限り続けて欲しいと思います。多くの聴衆は初めて聴くものと想像しますが、「現代音楽」として敬遠するのでなく、新たな好奇心を以って接することが出来るのではないでしょうか。

ということで、冒頭の小山清茂。昨年95歳で亡くなった長野県出身の晩学の人。鄙歌2番は、作曲家64歳の時の作品です。
Ⅰ「和讃」、Ⅱ「たまほがい」、Ⅲ「ウポポ」、Ⅳ「豊年踊り」の4曲から成り、民俗音楽というよりも民衆音楽に徹した作品と言えるでしょう。

マエストロサロンでは“時に恥ずかしくなるほどに土臭い音楽”と表現していた飯守氏、冒頭のお遍路さんが歌う物悲しいテーマから大きな共感を以って指揮して行きます。

様々な楽器編成には日本ならではの打楽器(櫓太鼓、締太鼓、四つ竹、桶胴など)が加わりますが、マエストロ自身の低い唸り声も懐かしさを助長するかの如く。

かつてこうした極度に民族色を感じさせる音楽に恥ずかしさを覚えた私も、何処か安心感と安らぎの気持ちで身を委ねられるようになったのは、やはり歳の所為でしょうか。

2曲目は同じく日本人作曲家による音楽。去年80歳の大台に達した湯浅氏は、花の1929年生まれ。

この作品をプログラムに加えたのはオーケストラ側の依頼ではなく、マエストロ飯守の提案の由。かつて飯守/日本フィルは湯浅作品をまとめて紹介したこともあり、指揮者にとっては渾身の1曲と申せましょう。

聞くところによると、この組曲は発展途上の音楽。松尾芭蕉の「おくのほそ道」から採用した俳句にインスピレーションを得た作品。今後も更に増えて行く可能性も秘めているそうで、当夜は現段階で完成している4曲が続けて演奏されました。
即ち、第1曲「行く春や鳥啼き魚の目は泪」、第2曲「風流の初やおくの田植うた」、第3曲「夏草や兵どもが夢の跡」、第4曲「閑さや岩にしみ入る蝉の声」。

これは所謂「ゲンダイオンガク」ではありません。まして邦楽でも西洋音楽でもなく、プログラムを引用すれば、“まだ東洋も西洋もない原初” が発想の原点でしょう。
芭蕉の句にインスピレーションを得ながらも決して描写音楽ではなく、自然から生まれた人間を響きとして感ずるべきものとして聴けばよいのでしょう。

第1曲の一つ一つの音に籠められた決意。打楽器が田植え歌を暗示するだけで、むしろ宗教的な感情を感じさせる第2曲。第3曲の時空を超えた葛藤の激しさ。第4曲に表現されるのは、「静と動」の矛盾と対比。

飯守泰次郎は、この湯浅作品を最大の共感を以って音にしていきます。これに応える日本フィルの素晴らしい感性。

終始リハーサルに立ち会ってきた作曲家が舞台に呼び上げられると、客席も大きな歓声と熱烈な拍手で迎えました。
同時代の演奏作品には珍しいほどの好評。選曲した指揮者の意図が、聴き手に見事に伝わった20分でした。

メインのブラームス。

もう何も言うことはないでしょう。出だしからして悲しみが空から舞い降りてくる様な絶妙なフレージング。往年の巨匠たちが表現して来た独特なブラームスの世界が、こうして現代にも継承されている。そう、巨匠のブラームス。

その音楽は冷静ではあり過ぎず、かと言って熱くもなり過ぎず、まさに絶妙なバランスでブラームスの体臭を感じさせます。その温かさと厳しさ。

今、飯守泰次郎は円熟の坂を登りつつあります。日本フィルには客演指揮者の立場ですが、今後はもっと頻繁に指揮台に立ってくれることを切望しましょう。マエストロとオーケストラの相性は抜群です。

 

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