ラザレフ・パーティに参加

3月2日の火曜日、浜離宮朝日ホールで行われたラザレフ・パーティに参加してきました。日本フィルのファン感謝イベントです。

同コンビは2週間に及ぶ九州ツアーを終えたばかり、その報告も兼ねた楽しいパーティでした。

内容はこんな具合に進行します。司会進行は日本フィルの夏休みコンサートでお馴染の江原陽子さん。

①挨拶 日本フィル専務理事 平井俊邦
②室内楽演奏 弦楽器メンバーにより、Ⅰスヴェンセン/弦楽八重奏曲作品3~第1楽章 Ⅱメンデルスゾーン/弦楽八重奏曲~第1楽章
③スペシャル・ゲスト 小山実稚枝を迎えて
④マエストロ・ラザレフのお話
⑤挨拶 楽員代表 中根幹太

終演後はホワイエで懇親会がありました。ラザレフ、小山両氏はもちろん、多くの楽員がパーティに参加してコミュニケーションの場となりました。
ホワイエには過去の多くのマエストロとの練習風景や、今回の九州各地でのスナップ写真が展示されています。

③と④での聴き手は、ヴィオラ奏者の新井豊治氏。④でのロシア語通訳は小賀明子さん。

要するに④はマエストロサロンの続編のようなもので、話題が音楽ではなくマエストロの私生活などに代ったもの。
ラザレフ自身が持参したロシア郊外にある自宅の写真を材料にして、楽しいトークが繰り広げられました。

様々な話を総合すると、

ラザレフの音楽への取り組みは真に真剣。毎回の来日では成田からANAホテルに直行するのですが、荷物をポーターに預けた後で自室には入らず、直ぐその場でパート譜のチェックや事務局との打ち合わせを始めてしまう。

練習はたとえ1分たりとも早く切り上げることは無く、例えば1分残っていれば、“まだあと1分残っている” と言って更なるリハーサルにかかるという具合。

休憩時間も指揮者室には戻らず指揮台に立ったまま。楽員の質問を受けたり、スコアのチェックをしている。

マエストロは大変な酒豪だが、一連の来日コンサートが終わるまでは一滴のアルコールも口にしない。例えば今回の九州ツアーでも、毎夜のコンサート終了後の歓迎パーティに参加し、いくら地元関係者から酒を勧められてもジュースで済ませていた。

その代わり全てのスケジュールが終了すると本領を発揮し、酒に強いラザレフに変身する。アルコールは45度以上でなければ酒とは認めず、ウォッカをガブ呑み。自分と同じペースで人にも勧めるので、とてもついていけない。

新井氏とのマエストロサロン番外編では、

ラザレフ邸には三つの庭がある。一つは木の実を採るため、第二は散歩するため、第三は自然をそのままに残しているものとのこと。去年は葡萄から何リットルものワインを造って全て飲んだ。

自宅の写真の一枚。
新井氏が “黄色い立派な建物は何ですか”と問うと、
ラザレフ “あれはガレージです。車が3台入っています”
新 “えっ、ガレージですか。私ならそこで生活できますねぇ~”
ラ “実際に自宅を建てる時には家内とここで生活していました。シャワーもキッチンも備え付けていますから、現在でも来客があればここに泊ってもらっています”

プールに入っているマエストロの写真には、
新 “あ、プールもあるんですね。”
ラ “ええ、身体を鍛えるためのトレーニング・ルームもありますよ。(ここでトレーニング・ルームの写真) 日本フィルとのコンサートに出掛ける時は体力を付けておかないと体が持たないのです”
新 “・・・・・”

庭にある井戸でのスナップ
ラ “井戸の上にバケツが写っているでしょ。もちろん水を汲んで庭に撒くのですが、他にも使います。ウォッカの瓶を詰めて下の井戸で冷やすんです。井戸水で冷えたウォッカは香がとても良いんですよ。これは家内には内緒ですよ”
新 “こんな広い庭をあんな小さなバケツ一つでは、とても水撒きには足りないでしょう”
ラ “いや、それはチャンとモーターで汲み上げて散水する装置もあるんです。家内には内緒ですよ”

という具合で、新井氏の当意即妙の司会と、小賀氏の見事な通訳で会場は爆笑。マエストロの知られざるも楽しい一面が披露されました。

またゲストとして参加した小山氏は、

今回はチャイコフスキーを全部で6回演奏したが、マエストロは会場によって、例えばデッドなホールでは速目のテンポを取るし、響きの豊かなホールではタップリとした演奏。6回の全てが異なる演奏で貴重な体験だった。

例えば出だしはピアノ・ソロは ff だが、オーケストラは mf 。普通の指揮者はオーケストラも ff で堂々と演奏するのに、ラザレフは譜面どおり mf で通す。この曲はこのように演奏するのだ、ということを初めて識った想いだ。

更に第2楽章の弦楽器のピチカートによる pp 。ここを何度も練習して真の pp に仕上げていく。その中で自分がどのような音で入るか、常に考えながら演奏することを学んだ。

このツアーでは、最初の2回を除いてプログラム全部を通して演奏するゲネ・プロをやらなかった。そのために毎回マエストロがどのようなテンポ、表情で開始するか極めて緊張した。このような同じ曲目を繰り返し演奏するツアーでは、これも集中力と緊張を維持するための一つの方法だ、と実感した。

などの裏話もたくさん紹介されました。

この日集まったのは、会場が8割ほど埋まる位の人数。懇親会でもラザレフ、小山両氏を中心にいくつもの話の輪が咲き、お開きになったのは予定を過ぎて9時を15分ほど回っていました。

私が聞いた範囲では、何故マエストロサロンを止めてしまったのか、とか、再開できないのか、という意見が多かったように思います。
新井氏としては “私が始めたわけでも、参加者を分析して終了の決定をしたわけでもないのです。事務局に掛け合ってください” としか言い様がないでしょうね。

そんな意見なら、なぜサロンにもっと多くの人が参加しなかったのか。せめて今日のパーティの4分の1程度の人がサロンを聞きに来てくれれば、事務局としても効果が期待できないので中止、という判断にはならなかったでしょうに、ねぇ。

まだまだ披露したい話はたくさんあるのですが、あまりに長くなるのでここで切り上げましょうか。
それにしてもこんなオーケストラ、日本には、いや世界を見回しても二つとないでしょうね。

 

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