東京シティフィル・第237回定期演奏会

コアなクラシック音楽ファンならこの演奏会は聴き逃せないでしょう。

東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の定期演奏会は、初台の東京オペラシティコンサートホールで開催されます。失礼ながら初台は新宿の場末、東京でもアクセスの悪さでは屈指のロケーションにあり、特に城南地区に居住する人間にとっては最も行き難い会場でしょう。

電車に限らず車の場合も問題があります。幹線道路である山手通りが現在は高速道路建設の影響でズタズタ状態、渋滞を見越して早めに出掛けることにしました。
そこまでしても聴きたい、というのが今回の定期。今年古希を迎えるマエストロ飯守の音楽は、出来る限りナマで聴きたいものの一つではあります。プログラムは、

コダーイ/管弦楽のための協奏曲(日本初演)
     ~休憩~
バルトーク/歌劇「青ひげ公の城」(演奏会形式)
 指揮/飯守泰次郎
 青ひげ公/小鉄和広
 ユディット/並河寿美
 コンサートマスター/松野弘明

ご覧の通りハンガリーの生んだ二人の巨匠、しかも演奏機会が稀な作品が並びます。本来はオペラ指揮者である飯守泰次郎の最も得意とする分野でもありましょう。

飯守/シティフィルは、演奏前のプレトークも名物の一つ。レアな作品の解説を聞き逃す手はありません。

いつものようにピアノを弾きながら作品の内容を掘り下げますが、ハンガリーは東洋民族であり、騎馬民族でもあるという指摘を面白く聞きました。
前半で演奏されるコダーイの作品は、バルトークとは対照的に明るい響きを特徴とし、氏がコダーイの管弦楽作品では一番好きな作品であるとのこと。

バルトークのオペラにしても、時折引用する歌手のパートも全てハンガリー語。作品が完全に頭に入っているのには驚くばかりでした。
短2度の鋭い不協和音が「血のモチーフ」である、という解説はプログラムにも書かれてはいましたが、飯守のピアノを弾きながらの解説によって真の説得力が生じて来るのです。

プレトークは30分間。本番が始まります。

コダーイの管弦楽のための協奏曲は、今回が日本初演となります。シカゴ交響楽団の創立50周年のために委嘱されたものですが、完成が遅れ、戦争のためにコダーイ自身が渡米して初演を指揮するという計画も叶わなかった由。

しかしながら総譜は亡命するバルトークに託され、無事に海を渡って1941年にシカゴで初演されたというエピソードも残されているのですね(プログラムに掲載された舩木篤也氏の曲目解説)。

当然ながら初めてナマ演奏で聴きましたが、これまでレコードで聴いてきた(ドラティ盤)ものより遥かに情報量が多く、コダーイ特有の明るさが強調された素晴らしいもの。バルトークの暗いオペラに組み合わせるのには最適の作品だと納得します。

ハンガリーの舞踏リズムが核になりますが、ガランタ舞曲のように民謡がナマの形では登場しません。ここでは各楽器の名人芸的なソロにスポットを当てるのではなく、作品全体を見渡す批判的な眼が利いている感じ。
私も、コダーイの作品では最も好きだというマエストロの意見に大賛成ですね。今回が日本初演とは信じられない。

メインのバルトークは、もちろんハンガリー語による字幕付きの演奏です。

最初に登場する吟遊詩人の語りは、青ひげ公役の小鉄和広が別途録音したテープを使用。プログラムには明記されていませんでしたが、プロローグの中程、第1の扉の前、第6の扉の前で聞かれる大きな溜息も恐らく小鉄の声を電気的に増幅させたのだと思われます。

この溜息も青ひげ公自身のものだとすれば、それも一つの解釈ではないでしょうか。

第5の扉での壮大な管弦楽は、中央のオルガン、オルガンの左右に置かれたバンダ(向かって左にトランペット4本、右にアルトトロンボーン4本)を加えてホールを揺るがせます。

この作品は全体がシンメトリックな構造と解説されることがほとんどのようですが、私は今回の演奏で第5の扉がバルトーク特有の黄金分割の頂点に置かれているのではないか、と考えましたね。
歌劇全体を見通し良く聴衆に意識させること。これこそが作品の構成、調性の特質を熟知する飯守マエストロの手腕なのでしょう。

主役の二人も存在感充分。特に青ひげ公の小鉄は完全暗譜。その仕草や表情は、今直ぐにでも舞台に立てるほどに役柄を自分のものにしていたのは見事でした。

演奏終了後、シティフィルの首席客演指揮者である矢崎彦太郎氏も含めた聴衆から盛大な拍手が贈られます。もちろん主役は飯守マエストロと断言して良いでしょう。

尚、今回を以って二人の楽員が退団されました。(名前を良く聞き取れませんでしたが、多分トランペットの島田俊雄と、この日はイングリッシュ・ホルンを担当した猿田博)

二人の楽員には飯守マエストロから花束が贈られます。バルコニー席でバンダを担当していたトランペット氏に花束を投げ上げようとするマエストロのジェスチャーに客席が和んだところで、第237回定期の幕が下りました。

 

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