東京シティフィル・第239回定期演奏会

5月最後の日、初台の東京オペラシティコンサートホールで行われた東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の定期演奏会を聴いてきました。
常任指揮者・飯守泰次郎の指揮、同団の創立35周年を記念するベートーヴェン交響曲全曲シリーズの第1回です。

ベートーヴェン/歌劇「フィデリオ」序曲
ベートーヴェン/交響曲第4番
     ~休憩~
ベートーヴェン/交響曲第7番
 指揮/飯守泰次郎
 コンサートマスター/戸澤哲夫

飯守/シティフィルは10年前にもベートーヴェン交響曲全曲演奏に挑戦し、その結果はCD化されて現在も現役です。
そのときは当時(2000年)まだ新鮮だったベーレンライター校訂新版を使用し、この版での日本最初の全曲演奏でもありました。

しかし今回は趣をガラッと変え、伝統的なベートーヴェン演奏の総決算とも言えるマルケヴィッチ版による演奏というのが大きなセールスポイントとなっています。

この辺りの経緯については、当日配布されたプログラム誌の冒頭にマエストロ飯守自身が一文を載せていますし、当日のプレトークでも熱く語られていました。

マルケヴィッチ版が如何なるものかについては触れませんが、私の記憶では完成直後にその日本版がヤマハの店頭に置かれていましたっけ。普通のポケット・スコアよりはやや大きく、ハード・カヴァーの立派な装丁だったことを思い出します。

当時は校訂等に全く無知で、店頭で手に取って見ることすらしなかったことが悔やまれます。マルケヴィッチが亡くなって間もない1980年代のことだったと思いますから、30年近くを経て今回の全曲演奏が実現したわけ。
もっと物事に好奇心を持ち、自身の価値判断基準を養わなければいけないと反省頻りですな。

そういうわけで、この目でマルケヴィッチ版を見たことはありません。
飯守氏の解説によれば、当版はマルケヴィッチ個人の主張ではなく、客観的で体系的なベートーヴェン像を打ち立てるために様々な資料を収集分析し、演奏家たちとの議論を重ねて完結させたものの由。
最終的には「演奏家自身が決める、というある程度の自由さを持っていることが、この版の最大の魅力」。

私が聴いた限りでの感想では、恐らく飯守泰次郎はマルケヴィッチが推奨する演奏解釈に忠実に従っていたのではないかと思慮します。

プレトークでは第7交響曲第2楽章の主題のアーティキュレーションに言及し、慣習的にダウン・ボウから始めるものをアップ・ボウで弾く例を挙げていました。

「スタッカートの音の長さ、ダイナミクス、テンポ、フレージング、リピートなどの問題」についても伝統的なベートーヴェン演奏を反映させることに重きを置いていたのではないでしょうか。

リピートについては、第4交響曲では全てのリピートを実行していたのに対し、第7ではリピートしないのが原則。慣習的に行われてきた第3楽章スケルツォ第1部の前半と、第4楽章の同じパッセージの反復だけに留めていました。
現在流行のベーレンライター信奉組による全てのリピートを実行するスタイルとは別のものです。

また第7交響曲では、第1楽章と第2楽章の間、第3楽章と第4楽章の間をほとんどアタッカで休みなく続けたのも印象的。これもマルケヴィッチ版に書かれているアイディアだと思われます。

その結果生まれてきた演奏は、私のような古株ファンが昔から楽しんできたベートーヴェンが戻ってきたと感じさせるもの。如何にもベートーヴェンらしい重厚な響きが聴ける喜びに浸ってきました。
昨今の軽いベートーヴェンとは別世界。マエストロ飯守こそ、伝統的なベートーヴェン演奏を再現するに相応しいマエストロであることを確信しました。

もう一つ。今回の演奏では、聴き手に細かい点に注意して聴く態度を誘発する効果があると思いました。もちろん強制ではなく、自然に聴き耳を立ててしまうのですね。
聴衆は漫然とベートーヴェンを聴くのではなく、より注意深く細部に接する姿勢を体得できる、ということ。

因みに楽器配置は所謂対抗配置ではなく、弦楽器は普通に左から音程の高い順に並べられていました。ただ、コントラバスだけは舞台奥に一列に並んでいたのが目を引きます。コントラバスは第4では5台、第7と冒頭の序曲では7台が。

マルケヴィッチ版の楽譜は、現在はヴァン・デ・ヴェルデ社 Van de Velde から出版されています。残念ながら私には高価な代物で、9曲全部揃えると9万円弱になりそう。
楽譜本体と校訂報告が別冊になっているようで、第9を除けば第1が最も高価です(1万1千円)。恐らく第1の校訂報告には版全体に関する解説が含まれているのでしょう。

期待したいのは、かつて店頭にも並んでいた日本版の復刻。日本語で読め、比較的安価で手に入る状況を作ってくれないものでしょうか。今回の全曲演奏は録音もされ、CD化される予定の由。改めてベートーヴェン演奏の歴史を振り返る絶好の機会だと思いますが・・・。

演奏終了後、ロビーでは飯守マエストロと戸澤コンマスとによるサイン会も開かれていました。

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