強者弱者(78)
雁去燕来
大川の水日毎にゆるみて、煤煙に霞む深川のあなた、鷗の飛ぶ日、春の光のどかなり。
十九日 彼岸の入り、雁去り、燕来る。春深き湖のほとり、ひとり群を離れてかける雁の姿を見たる時、秋深きあしたの空、ひとり旅路にまどひたる燕の声を聞く時、孤独のかなしみ、身につまされてあはれ深し。
去りにし家の軒を忘れずして帰り巣くふとは誰がいひそめしぞ。幼き頃、燕の巣くへる古き家の軒を見て限りなく羨みわびたることありしなど、とかく思ひで多き鳥なり。若くして他郷にさすらひたる人の情意ともにすさびはてたるが、此鳥の姿を見てわづかに故郷の事ども偲び出でたるもうたてしや。又、燕はよく凶兆を知るといへり。真偽は知らず、曾て住みたる家の床下に浸水したることありしが巣くへる燕、一夜のほどに雛を運び去りたるを見たることあり。
人家の軒に巣くふはこつばめとて腹白く頬の辺り褐色なり。おほつばめとしふは堂宇の垂木などに巣を構え、全身に雲雀の如き斑点あり。暴風雨の前などに群り飛ぶを習とす。
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雁去燕来は、雁(がん)去り、燕(つばめ)来る、と読みます。
「うたてし」とは、物事がどんどん進んでいくこと。故郷への思いがどんどん募っていく、ということでしょう。
燕が凶兆(悪い知らせ)を知る、という話は聞いたことがありません。中国の故事でもあるのでしょうか。
ここでは実体験が語られていますが、私はネズミが災害を事前に察知するという話しか知りません。
しかし、燕が育った家の軒を忘れず、毎年同じ場所に巣を作るのは事実ですね。私も何度か目撃しています。
「こつばめ」と「おほつばめ」の区別は良く判りません。この描写では、オオツバメは別種の鳥のように思えますが、どうでしょうか。
現在では「オオツバメ」と言えば蛾の一種、一方「コツバメ」は蝶の名前になっています。
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