強者弱者(84)

小金井の花

 東京近郊の花は小金井に尽きたり。小金井は四月中旬を見頃とす。甲武線を境に下車し、玉川水道に沿うて国分寺に至る。両岸の桜樹鬱然として老いたり。樹間に簀子茶店を設く。敦厚純朴の気愛すべし。春竜胆の花を売る。樹下隴上を行く。芳草離々として木瓜の花と菫の花とを見る。情趣掬すべし。
 小金井の花は東京市中に見る染井桜の俗悪なるに似ず、高尚にして幽雅なり。而も其種類一ならず、色彩の調和頗る妙なり。暮春の日、最も葉桜を見るによし。

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甲武線は、現在の中央線のこと。甲武線の駅名に境は見当たりませんが、恐らく現在の武蔵境駅だろうと思われます。

「簀子」は「よしず」。葦簀とも書くように、葦で編んだ「すだれ」のこと。

「敦厚」は「とんこう」。篤実で人情に厚いことですね。

「竜胆」は「りんどう」と読みます。もちろん観賞用の植物ですが、花期は秋。恐らく春先に株を売って秋に花を楽しんでもらうということだと思います。

「木瓜」は「ぼけ」。これも鑑賞植物で春の花。バラ科の五弁花です。

秀湖はソメイヨシノを俗悪と言っていますが、私も賛成。そもそも桜一色という光景は感心しませんし、ましてや一面ソメイヨシノという現代の花見は俗悪の極致でしょう。
桜は他の木々に交じって楚々と咲く所に情緒があるのであって、最近の日本人の美意識は鈍っているとしか言いようがありませんな。

 

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