復刻版・読響聴きどころ(19)

2007年10月は珍しくオペラの演奏会形式上演が行われました。チャイコフスキーの「イオランタ」。
この聴きどころを書いた時点でフル・スコアは一般的には手に入らなかったのですが、最近になってミュンヘンの出版社ヘフリッヒからポケット・スコアが出版されました。
私は未だ入手していませんが、現在なら楽器編成も、より細かいオーケストレーションも確認することができます。興味ある方はヘフリッヒに照会してみては如何でしょうか。

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10月名曲シリーズの聴きどころです。このプログラムは、前々日に東京芸術劇場の芸劇マチネーシリーズでも演奏されますから、そちらに行かれる方も参考になさって下さい。

プログラムはオール・チャイコフスキー・プロ。指揮はゲンナジー・ロジェストヴェンスキー。普通チャイコフスキーの名曲コンサートと言えば誰でも知っているメロディーがいくつか聴けるものですが、今回は恐らくほとんどの人が初めて聴く、これまで聴いたことのないチャイコフスキーになるでしょう。そこが聴きどころ、かな。

曲目は組曲第2番と歌劇「イオランタ」の演奏会形式上演ですね。
実はこれ、演奏時間をザッと推測すると2時間10分ほど掛かります。休憩を入れれば2時間半のコンサートになりそうですね。
驚かすわけじゃないんですが、特にサントリーホールの日は月曜日の午後7時開催、週初めでもあり、チョッと覚悟して行ったほうが良いと思います。ロジェストヴェンスキーさんは時々長~いコンサートを仕掛けてきますが、これもその一つ。芸劇は土曜日の午後2時ですから、こちらは気持ちもゆったり楽しめるでしょう。

変な前置きになってしまいましたが、トピックの構成上、歌劇から始めます。
「イオランタ」は以前にも舞台上演されたことがありますので、ご覧になった方もあるいはいらっしゃるでしょう。日本初演に当たるのではないかと思われるのがこれ、

1977年4月4日 大阪厚生年金会館 モスクワ・アカデミー劇場の公演。第1回ソ連祭・モスクワ・オペラ日本公演の催しの一環でした。これは4月13日と14日、東京の郵便貯金ホールでも上演されています。(ソ連とか郵便貯金ホールとか、時代を感じてしまいますが)
指揮者は分担がよく判りませんが、ドミトーリ・キタエンコとウラディーミル・エシポフの名が記載されています。

更にこの団体は1979年にも来日公演を行い、このときは東京(3公演)、大阪、名古屋、仙台でも上演していますね。この際は同じチャイコフスキーのフランチェスカ・ダ・リミニの音楽をバレエに仕立てた版とのダブル・ビルでした。
以上、モスクワの本場ものだけで9回も舞台に掛かっていますから、体験された方も相当数おられるはずです。

二度目の公演のときはダブル・ビルでしたが、イオランタはそもそもバレエとのダブル・ビルを前提に委嘱された作品です。これが真の姿なんですね。尤も初演は「くるみ割り人形」とのセットでしたから、はるかに時間が掛かったことでしょう。現在では「くるみ割り+イオランタ」という公演はほとんど上演されないと思います。

次に楽器編成ですが、これは判りません。今回の聴きどころのために準備できたのはフェドセーエフが指揮したモスクワの演奏会形式上演のライヴCDとカーマス社から発行されているヴォーカル・スコアだけです。この譜面にもCDにも、また様々なネット情報でもオーケストレーションの詳細は得られません。この点はご容赦願います。

さてオペラの聴きどころは、ストーリーと歌詞を知ることに尽きると思います。しかしこれに関しては当日のプログラムに載るでしょうし、字幕スーパーが付くはずです。ですから、必要なことは現場で得られると思いますので、「イオランタ」聴きどころはお仕舞いです。
 
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と言うわけにもいきませんので、楽譜とCDを頼りにいくつか私なりの聴きどころを考えてみました。

ストーリーは触れません。盲目の少女イオランタが視力を回復し、愛も獲得するメルヘンです。台本はチャイコフスキーの弟・モデストが書いていますね。
またこの題材はチャイコフスキーだけでなく、エドワーズ(1893)、ベーレンド(1919)、エロルド(1824)などの作曲家もオペラ化しているそうです。

オペラは1幕もの。登場人物と予定されている歌手は次の通り、
 (主役級)
イオランタ/佐藤美枝子(ソプラノ)
ルネ王/成田眞(バス)
ヴォードモン/経種廉彦(テノール)
ロベルト/成田博之(バリトン)
イブン=ハルカ/太田直樹(バリトン)
 (脇役級)
マルタ/菅有実子(コントラルト)
ブリジタ/安藤赴美子(ソプラノ)
ラウラ/黒木真弓(メゾ・ソプラノ)
ベルトラン/畠山茂(バス)
アルメリク/大槻孝志(テノール)

主役とか脇役と表記したのは、アリアや重唱が与えられている配役によって分けたので他意はありません。また声域の表示はチラシなどの予告ではなく、楽譜に記されたものを転用しています。一部細かい違いがあるようです。

全体には9つの番号が振られ、序奏が付きます。更に第6番には「情景とアリア」の他に6aとして「ロマンス」が置かれています。

序奏は木管楽器とホルンだけで書かれているようで、イングリッシュ・ホルンが目立ちます。3分弱のまさにイントロダクション、序曲というのとは違います。

本体は四つに分けて聴かれると判り易いように思います。つまり「起・承・転・結」ですね。
「起」に相当するのは第1番から第3番まで。ここまで20分弱です。第1番にはイオランタのアリオーソが置かれていまして、佐藤さんの唯一のアリアです。ハープと弦による音楽家(実際の上演では舞台上で演奏されます)たちの場面や、第3番の三重唱と女声合唱が美しく、聴きどころです。

「承」に相当するのが第4番と第5番。ここは20分かかります。第4番はファンファーレに導かれた情景と、ルネ王のアリオーソが置かれています。成田眞さんのアリアには拍手が入ってもおかしくないでしょう。
第5番は医師・イブン=ハルカのモノローグが聴きどころ。3連音符が特徴的に出てきまして、一度聴くと忘れられないメロディーが素敵です。ここも太田さんに拍手、でしょうか。

「転」に相当するのが第6番、6番a 、第7番です。ここでイオランタが自分は盲目であることを知り、イオランタとヴォードマンとの間に愛が芽生える箇所。正にドラマが劇的に展開していく場面です。
第6番はイオランタの許婚、ロベルトの素晴らしいアリアが聴きどころです。成田博之さんに大拍手。続いてヴォードモンが情熱的にロマンスを謳い上げます。ここも経種さんに大拍手を送りましょう。
続いて第7番、イオランタが登場し、このオペラの頂点とも言うべきイオランタとヴォードモンの大二重唱が最大の聴きどころになります。この二重唱だけで20分かかりますし、薔薇の花の色(赤と白)を巡ってイオランタの不幸が明らかにされると同時に、二人の愛が深まるんですねぇ~。
「転」全体は30分かかりますが、多分時間を感じさせない展開が期待できるでしょう。
二重唱の最後はオーケストラも大音響で締めくくり、喚声が挙がってもおかしくないクライマックスです。

最後の「結」。これは第8番と第9番。結果はハッピー・エンドに至りますが、第8番ではロベルトを除く9人の登場人物で展開され、聴く人をハラハラさせます。第9番でロベルトが登場、全てがイオランタとヴォードモンの愛の実り、ルネ王を称える賛歌にと繋がっていくのです。ここは25分ほど。

まぁ、オペラの聴きどころはこんな感じで如何でしょう。何より物語の展開と歌手たちの声の魅力に浸ろうではありませんか。

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続いて前半の曲目、組曲第2番です。チャイコフスキーには管弦楽組曲が4曲あります。第4番はモーツァルトの音楽をアレンジしたものですから、実質3曲がチャイコフスキーのオリジナル、ということになりましょうか。
どれも交響曲で言うと第4番と第5番の間に書かれています。つまりチャイコフスキーは、更なる管弦楽書法の熟達を求めてこれらの作品をものにし、最終的には第5・第6交響曲で管弦楽法の大家に到達したのですね。
組曲はその実験過程として聴かれると、より楽しめるのじゃないでしょうか。

まず日本初演、これは記録が見当たりませんでした。組曲は3番と4番には記録があるんですが、1番と2番は未だ演奏されていないのかもしれません。第2番は今回が日本初演なのでしょうかね。ご存知の方の情報をお待ちします。

次はオーケストレーション。
フルート2(3番奏者ピッコロ持替)、オーボエ2、イングリッシュ・ホルン、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、打楽器3人、ハープ、弦5部。打楽器はトライアングル、タンバリン、シンバル、大太鼓。
面白いのは第3曲にアドリブながらアコーディオン4台が指定されていること。ここは使って欲しいですね。
ハープは第4曲だけに登場します。

全体は5曲から成っていまして、作品全体には「性格的組曲」という副題が付けられています。
その5曲は、①音遊び ②ワルツ ③ユーモラスなスケルツォ ④子供の夢 ⑤野生的な踊り です。
①が最も長く12分ほど、全体では35分位掛かります。

聴きどころはいろいろあるのですが、全体として見ればやはりオーケストレーションに注目したいですね。チャイコフスキーそのもの、と言えばそれまでですが、後世のロシアの作曲家に影響を与えたと思われる箇所も少なくありません。ストラヴィンスキー、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチ。まるでDNAのように受け継がれていく“ロシア臭さ”が聴きどころ、1曲づつ展望してみましょう。

第1曲は音遊び。フランス語で Jeu de sosn と書かれています。様々な楽想が次々に登場する曲で、アクセントの付け方に工夫があって何拍子か迷うようなアンダンティーノ(実際は8分の6拍子です)で始まり、ガッチリした構成のアレグロ、それを基にしたフーガ風の音楽などを経て、最初のアンダンティーノが回帰します。

第2曲はワルツ。ヘフリッヒ社の復刻スコアの解説ではマーラーの暗示、というようなことが書かれていますが、これはもう第5交響曲第3楽章のワルツを連想。トライアングルが華を添え、管楽器のヘミオラ(3拍子に2拍子を紛れ込ます手法)が第5をすぐそこに思い出させます。

第3曲はユーモラスなスケルツォ Scherzo burlesque 。真ん中辺りでアコーディオン4台が木管と合奏しますね。クラシカルなオーケストラ曲にアコーディオンが登場するのは珍しい事例ですから、わざわざ聴きどころ、と言わなくても耳目が集まるんでしょう。
この楽章は他にも見所満載、木管には前打音の連発がありますし、弦はダウン・ボウの連発(スコアにボウイングが記してある)、4本のホルンのカッコいい斉奏。ユーモラスな、というよりはスリリングな感じがしますね。

第4曲、子供の夢 Reves d’enfant 。ゆったりしたアンダンテですね。ハープが登場して美しいアルペジョを奏でます。メロディーも美しいですし、チェロが歌うところは格別。
その伴奏が凝っていて、細やかな装飾が沢山聴かれます。この辺がストラヴィンスキーに受け継がれているなぁ、と個人的には感ずるところで、彼のバレエ「妖精の口づけ」などはチャイコフスキーそっくり、と思ってしまいます。

最後の第5曲、野生的な踊り Danse baroque 。これには括弧書きで(ダルゴミジュイスキー風に)という副題があります。なるほどダルゴミジュイスキーみたいだ、と思う人はほとんどいないでしょう。私はむしろ(プロコフィエフ風に)と、時代を逆に聴いてしまうのです。
弦楽器のトッカータ風の速いパッセージ、ときにショスタコーヴィチも遥かに予感してしまうほど。最後は4本のホルンが、“ドーレミッ・ソッ・ファーミー、レードレミッ・ドッ”と締めたところでおしまい・おしまい。

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