強者弱者(112)

夏の都

 市内各呉服店浴衣地売出し、西洋の諺に『冬は都会、夏は田舎』といふことあれど、東京の特色は冬よりも多く夏に在りて存する心地す。街頭に打水のすずしき夕、中形の浴衣に素足の色しろき人の、灯影に映る朝鮮葵、ナスターチューム、虞美人草、シネラリヤなど目さむるやうなる草花の影にそひて立てる、避暑地の夕、浜にむれつどふ若き人の、余情なき姿と比ぶべくもあらず。げに東京の夏の夕は中等社会の楽園なり。黄金にまかせて栄華を衒ふ人に、貧しき家の子が自然の美を誇るはこの一刻なり。

          **********

冬は都会、夏は田舎という諺が西洋にあるそうですが、何国の諺でしょうか。正に現代の日本にも当てはまるようで、これこそ現代人の理想郷のような気がします。
しかし100年前の東京は、夏にこそ味わいがあったということでしょう。そういう時代を羨ましく思います。

朝鮮葵、ナスターチューム、虞美人草、シネラリヤと植物の名前が挙がっていますが、最初の朝鮮葵の正体が判りません。現在手に入る普通の植物図鑑にこの名前の植物は掲載されていませんし、広辞苑にも載っていませんね。
他の3種と並列されていることから華やかな色彩の葵だと類推できますが、バラ科のゼニアオイでしょうか。ゼニアオイなら古くから各地の庭で栽培されていましたが、原産地はヨーロッパ。朝鮮という文字が謎を残します。

ナスターチュームは、現在ではノウゼンハレンとして親しまれているもので、英名が Garden Nasturium 。金蓮花という呼び方もあります。

虞美人草はポピーのことですね。この文章が書かれる少し前に、夏目漱石が同名の小説を新聞に発表して評判になっていました。ポピーよりは虞美人草と呼んだ方が人目を惹いたのかも知れません。

シネラリヤは、キク科のサイネリアとして知られているもの。本来はシネラリアと呼ぶべきなのですが、「死ね」に通ずるので病気見舞いには敬遠されました。それでサイネリアと呼ぶようになったという説があります。

Pocket
LINEで送る

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください