強者弱者(160)

駒込富士

 駒込富士神社のまつりは、北東京の夏の夜に忘れ得ぬ興楽の一つなり。本郷追分あたりより、絡駅として日光街道にあふるゝ人足、カンテラの光、提灯の光、花やかに街頭にみちたれど、歩は一歩より町幅狭く、進むに随ひて人の風俗、鄙びたるもをかし。名物の麦焦しも、『森川駅』といひ、『追分』といひ、『本郷も兼安までは江戸のうち』といひたる時代の名残と見えてゆかし。江戸の幅員は芝高輪より、本郷富士前町に至る間を以て最長とすといへりしも、余程後の事と知るべし。富士神社に近くお七の恋に名高き吉祥寺あり。吉祥寺の門前を左に折れて坂を下れば曙町なり。お七と平塚明子、一は恋の為に我を忘れ、一は我の為に恋の犠牲たる事能はず。何ぞそれ対照の妙なるや。

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本郷界隈にお住まいの方には興味深い一遍でしょう。駒込富士神社は本郷通り、現在の文京区本駒込5丁目にあります。

また本郷追分は、富士神社を本郷通りに沿って南下し、地下鉄南北線の東大前駅の手前辺りです。
ここから日光街道に向かうとすれば、現在の言問通りを上野・入谷方面に抜ける道筋のことでしょうか。

「絡駅」(らくえき)は、道路に人馬の往来が絶え間なく続く様を言います。

『本郷も兼安までは江戸のうち』は、すっかり有名になった川柳。江戸時代は小間物屋だった「かねやす」ですが、現在はバッグ店となり、看板にもこの川柳が掛かっています。一度訪ねてみるのも面白いでしょう。

吉祥寺は、ここにあるように富士神社の少し南。
本郷曙町は明治時代から昭和初期にかけての様々な資料に登場する有名な地名。多分、現在は本駒込1丁目と区画されている辺りで、本郷通りと旧白山通りに挟まれた場所でしょう。
クラシック音楽ファンにとっては、武満徹の生誕地として知られていますね。

吉祥寺と八百屋お七の比翼塚については、こちらをご覧ください。↓

http://www.informe.co.jp/useful/culture/onari/onari3.html

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