強者弱者(161)

 二十六夜の月待ちは毎年この月の二十日頃に当る。東京にては、上野の台、芝の愛宕など、夜ふけ更闌けて多少の人出あり。されど、此頃はおしなべて雨多く雨なき日も雲にさまたげられて月の姿を見ぬこと多し。
 二十六夜の月は芝浦、高輪の町々より台場の間に上るけしきを見るに尽きたり。靄深き東京湾は一望模糊として唯暗澹たり。更定まりて東の空少し白むと見る間に、横に低き雲の間より、黒き澪標の影を抽きてほのめき出づるいといと微かなる光、菩薩の眉より鮮やかなり。
 芝浦、高輪のあたり良き家にては、此日親戚しるべを招きて月待するもあり。ランプ、電燈の光をさけて岐阜提灯をともし、おばしま近く座をまうけて、語りあかす。御馳走にはゆで玉子、枝豆など、ビールも悪しからず。座に若き少女なくんば、弁慶の恋を語るもよし。

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二十六夜(にじゅうろくや)待ちとは、陰暦の正月と七月の26日の夜半に出る月を拝むこと。月光に三尊(阿弥陀如来・観世音菩薩・勢至菩薩)が姿を現すとされ、江戸時代は高輪や品川で盛んだった行事です。明治末期にも一般的に行われていたことが偲ばれる一文。
ここにあるように、二十六夜の月は逆三日月で、それが菩薩の眉を連想させるのです。

「澪標」は、「みお」。水の緒の意味で、船が通った航跡のことです。

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