日本フィル・第630回東京定期演奏会

昨夜はサプライズがありました。日本フィルが桂冠指揮者の称号を贈っている「炎のコバケン」こと、小林研一郎の久し振りの東京定期登場です。マエストロの原点とも言うべきハンガリーの音楽にスポットを当てたプログラム。以下のもの。

バルトーク/管弦楽のための協奏曲
     ~休憩~
リスト/ピアノ協奏曲第1番
コダーイ/ガランタ舞曲
リスト/交響詩「レ・プレリュード」
 指揮/小林研一郎
 ピアノ/小山実稚恵
 コンサートマスター/木野雅之
 ソロ・チェロ/菊地知也

かつて日フィルの音楽監督まで経験した小林マエストロは、最近では音楽三昧というか、得意のレパートリーを日本各地のオーケストラで披露するという境地に達しているようです。お弟子である山田和樹や三ツ橋敬子が次々と海外のコンクールで受賞、師匠としての評価も鰻上り。
そんなコバケンさんにとって、日フィルの東京定期はやはり特別な存在なのでしょう。他では滅多に聴けない曲目がズラリと並びました。どの作品も、コバケンの手にかかれば作曲家の魂が直接聴き手に何かを訴えてくるよう。若手指揮者によるもっとクールなアプローチが主流の昨今ですが、やはり実際に聴いてみれば、コバケン節のハンガリー音楽に心を揺さぶられてしまうのでした。

長年日本フィルの定期会員を続けているファンにとって、このコンビは最近では年に一度の楽しみなのでしょう。客席は、金曜日にも拘わらず、いつも以上に埋まっていました。特に2階の右翼席は普段とは違った華やかな空気に満たされているよう。ハンガリーの方々でしょうか、社交の場のような雰囲気が醸し出されています。
会場で手渡されたプログラムを開けると、曲目解説は懐かしい横井雅子氏の担当。今日はお見えかな、と思わず客席を探してしまいました。
当初発表されていたプログラムでは、後半のコダーイの後で協奏曲が演奏されるはずでしたが、当日は曲順に変更があったようです。曲目解説に若干辻褄が合わないところがあったのはそのため。解説者に責任はありませんので、余計なお節介をしておきます。

冒頭にバルトークの大作、というのも珍しい選曲。普通この曲はプログラムのメインに置かれますが、この辺りも如何にもサービス精神に溢れた小林研一郎ならではと言えるでしょうか。

そのバルトーク。小林/日フィルは、全楽章を通して一気に演奏してしまいました。つまり楽章間にパウゼを置かず、恰も一遍の交響詩のようにアタッカで通してしまったのです。小林は楽章間では一旦指揮台を降り、汗を拭った後に再び後ろ向きに指揮台に上がるという独特な所作があるのですが、この日はこの光景を一度も見られませんでした。
その所為かもしれませんが、バルトークは小林スタンダードから見ればややアッサリ系に感じます。それでも第4楽章「中断された間奏曲」の副次主題に出るヴィオラのメロディーの歌わせ方、最初は f で出た同じ歌を最後に p で繰り返すときの歌わせ方。ここに小林が「炎のコバケン」と慕われる所以を見ることが出来ましたね。現代では、彼でなければ聴けない魂の歌。

ここで休憩に入り、ピアノが据えられます。と、2階が以前にも増して騒がしくなってきました。少し離れたところには報道陣と思われる一団が何台ものカメラを抱え、遂にはライトを当てる物々しさ。
見上げれば、皇后陛下のご到着。期せずして起こる拍手に手を振って応えられる美智子さまに、会場はまるで花が一斉に開いたよう。大声で呼びかける聴衆に手を振られる場面も・・・。

コンサートというのは実に不思議なもので、こうしたサプライズが会場の雰囲気を一変させてしまいます。
演奏者は当然でしょうが、客席にも一種独特の集中力が生まれ、後半の3曲は恐らく全員の耳が音楽に集中していました。いつもならザワつくような個所でも、ホールは完全な静寂の中。

プロのオーケストラは流石で、プレッシャーが掛かると更に底力を出すのか、難しい(はずの)コダーイのホルン・ソロ(この日は丸山勉)やクラリネット・ソロ(またも伊藤寛隆)もいつもを上回るほどの完璧さで吹き切ります。

コバケンも実稚恵ちゃんも全神経を傾注しての熱演。客席からも、もちろん皇后陛下からも大きな拍手が送られました。真に稀有な体験です。

終演後、ハンガリー大使館からでしょうか、マエストロとコンサートマスターに大きな花束が贈られ、コバケンが伊藤主席にそれを投げ渡す名投手振りも披露。一際歓声が大きくなったところで、いつものようにマエストロが拍手を制して一言。
毎度のことながら、流石にこの日は美智子さまに上がり気味。コバケン氏の唱和で、舞台の上も下も全員がスタンディングで皇后陛下をお見送りしてから、最後の一礼で記念すべきコンサートを終えました。

今の時期、未だに自粛を叫ぶ世論もある中、美智子様が親しく日本のオーケストラの定期演奏会に運ばれ、多くの聴き手と同じ時間を楽しく過ごされたことは、我々音楽ファンにとっても大きな励ましとなりました。
改めて、音楽は演奏家と聴衆が一体となって創り上げるもの、ということを実感した一夜。終了後のホール周辺には、いつまでも華やかな会話が飛び交っていました。
(後で裏話を聞いたところでは、皇后様はコバケンの音楽が聴きたかったそうな。何とも幸せなマエストロではあります)

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