東京フィル・第803回定期演奏会

前日の読響定期に続いてのサントリーホール通い、昨日は東京フィルハーモニー交響楽団のオール・ベートーヴェン・プログラムでした。しかも同じ「皇帝」協奏曲。
偶然でしょうが6月はベートーヴェンを聴くことが多く、二つのオケのベートーヴェンの他にはパシフィカQのベートーヴェン・マラソン(全部聴いたわけじゃありませんが)、エクセルシオのラズモフスキー第3とセリオーソという具合。

前世紀の終わり頃には、戦前に比してベートーヴェンが聴かれる機会が少なくなり、今後はマーラーやシュトラウスがクラシック音楽の主食になると予想されていたものです。マーラーもシュトラウスも演奏機会が増えているのは事実ですが、ベートーヴェンがクラシック音楽の中心という事象は変わりがないようにも感じられます。
特に弦楽四重奏の世界ではベートーヴェン抜きは考えられませんし、人類が困難に遭遇した時、必ず人々の胸に想起されるのがボンの巨匠。人間の営みが続く限り、ベートーヴェンの恩恵を無視することはできません。

サントリーホールとオーチャードホールの定期を通算してカウントしてしまう東フィルの第803回定期は以下のもの。4月サントリー(第800回)からは2ヶ月振りの定期でした。

ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番「皇帝」
     ~休憩~
ベートーヴェン/交響曲第3番「英雄」
 指揮/三ツ橋敬子
 ピアノ/横山幸雄
 コンサートマスター/三浦章宏

前回は震災後最初の東フィル定期とあって空席が目立ちましたが、今回はかなり客席も埋まっています。やはり4月は聴き手の側に自粛ムードが広がっていたのでしょう。余震が怖いという率直な気持ちが働いたのかも知れませんね。
現在私が通っている日フィルや読響と比べて、昔からのファンと思しき年配の聴き手が多いのが、東フィルの客席の特徴。私のような若造には顔見知りもほとんどいませんし、却って音楽に集中できるように思います。

6月定期の期待は、何と言っても指揮者・三ツ橋敬子でしょう。去年、アルトゥーロ・トスカニーニ国際指揮者コンクールで準優勝、聴衆賞をも受賞したことで俄然クローズアップ。イタリア在住の女流若手指揮者です。
日本では小林研一郎の弟子ということでも注目されていますが、ニューズウィーク・ジャパンで「世界が尊敬する日本人100人」にも選ばれた由。我が国の国営放送による小澤征爾氏の推薦放送を見た記憶もあります。

前半の協奏曲でソリストに続いて登場した時、ずいぶん小柄な人だな、との印象を受けました。ソリストが大柄なので余計目立ったのかも知れませんが、先ずはスリムな麗人という印象。
指揮台にスコアを置き、指揮棒を使って指揮します。若手らしく身振りは大きめ。やや躰を前傾させ、左手の表情が豊か。キビキビとした身のこなしで、作品の性格もありましょうが、かなりアタックの強い音楽を創ります。

エロイカは、所謂14型。ホルンにアシスタントを一人追加した他はオリジナル編成で、スコアはカーマスの指揮者用を用いていたようです。ということは流行りのベーレンライター版ではなく、昔からのブライトコプフだと思われます。
往年の名指揮者たちによる改定は一切排除し、第1楽章の有名なトランペット吹奏もオリジナル通りでした。第1楽章の繰り返しも実行。奇を衒ったような表情付けも一切ありません。

テンポは速め、冒頭は1小節を三つに振っていましたが、展開部に入ると1小節1拍にしたり、旋律を歌わせる個所の指摘も適切。ガッシリした構成感と硬質なオケの響きは、一昔前の東ドイツの演奏を思い起こさせるものがあります。

恐らく今定期は、三ツ橋にとっては日本での本格的デビューになると思われます。私は毎月一日にその月の日本のオケ定期プログラムを紹介していますが、東フィルの6月が彼女の初登場でした。
彼女にとっても、今回は相当なプレッシャーがあったものと想像します。しかもベートーヴェンの「エロイカ」。彼女の希望でこの作品になったのかどうかは判りませんが、エロイカで定期デビューするのは余程のこと。
演奏中はもちろん、終了後のカーテンコールでもほとんど笑顔が無かったのは、その緊張故のことだと思います。ようやく3度目のコール、オケが指揮者を讃えた場面で微かに笑みが浮かんだようにも見えました。

客席にも初物に対する期待と不安があったのが手に取るように感じられましたね。ほとんどの聴き手は微動だにせず、息を詰めて三ツ橋の一挙手一投足に注目していた様子。皇帝と英雄と言う、緊張の続く作品を固唾を呑んで聴き入りました。私も同じです。

結果は、成功と評して良いでしょう。客席の反応は極めて好意的でしたし、実際この大曲を手応え充分に堪能させた実力には相当なものを感じます。もちろん初挑戦の大曲、本人は納得の行かない個所もあるでしょうが、堂々と自己主張した(私にはそう見えました)指揮態度も立派でした。
指揮者にとっては場数を踏むことが一番。今年100周年の東フィルが、このように若手に経験の場を与え、指揮者を育てる姿勢を堅持していくことに敬意を表しましょう。オーケストラのこの日のアンサンブルも見事。前日に聴いた読響のアンサンブルを上回るほどの出来だったと思いましたね。

前半の協奏曲。こちらは1プルト少ない12型で演奏していましたが、オーケストラは交響曲と全く同質の音楽を創り出していました。テンポはカリニャーニ/読響より若干速く、推進力に満ちた伴奏に徹したもの。
ソロは無難。先日の横浜(モーツァルト)のように弾き飛ばしはありませんでした。人気は絶大なようですが、私はピアノは良く判りません。モーツァルトでも感じましたが、もう少し豊かな音色があると良いのに・・・。

なお三ツ橋/東フィルは、26日にもオーチャードで定期演奏会を開きます。前半の協奏曲をベートーヴェンの4番に代え(ソリストは中村紘子)ますが、メインのエロイカは同じ。オーチャードの会はNHKが収録し、FMで後日放送される予定だそうです。

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