東京フィル・第831回定期演奏会

老舗東フィルの新シーズンがスタート、私はサントリーホールの会員なので、昨日の第831回を聴いてきました。
一昨年に会員になった東フィル、当初は短期契約の予定でしたが、その後も興味あるプログラムが続き、結局今期も会員を続行することになった次第。その一押しコンサートが以下の4月定期です。

ベートーヴェン/交響曲第1番
ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第2番
     ~休憩~
ベートーヴェン/交響曲第3番
 指揮/広上淳一
 ピアノ/中村紘子
 コンサートマスター/青木高志

東フィルの4月はベートーヴェン特集。オーチャード定期は尾高マエストロが第5交響曲とショスタコーヴィチの同じ第5を組みましたが、サントリーと来週の東京オペラシティは広上・高関の二人による1番から6番までの通しコンサート。
尤も2番と5番は中村紘子を迎えてのピアノ協奏曲ですが、「ベートーヴェンの祭典」に相応しい選曲となりました。

今年はベートーヴェンの記念イヤーではありませんが、やはりベートーヴェンはオーケストラにとっては王道、神様的な存在であることは間違いないでしょう。昨今の厳しい世界情勢、困難の度が増せば増すほど、ベートーヴェンの断固たる意志の力が求められるのだと思慮します。
プログラム誌でも広上氏と解説の野本由紀夫氏が対談しているように、オーケストラとしても“もう一度、原点に立ち還る”意思の表れでもありましょうか。

因みに高関マエストロによる77回オペラシティ定期は、第4、第6の交響曲の間に第5ピアノ協奏曲が挟まれるもの。内容的にも演奏時間的にも普段の5割増し的なコンサートで、両方聴けば演奏会3回分のお得コンサートになるでしょうね。
広上/高関の二人は、今月初めには某カルチャー・スクールでも今回の演奏会を見据えて二人講習会を開いたそうな。加えて2月5日には玉川大学の野本教授を交えた3人がホテル・ニューオータニのラウンジに集結、「ベートーヴェンの音楽世界」について語った内容が、プログラムの曲目解説に纏められていました。
従って今月のプログラム誌は、1番から6番に関する広上、高関両氏の見解も読め、極めて興味深い資料にもなっています。二人のアプローチの違いも面白い所でしょう。もちろんベートーヴェンには様々な解釈が可能。それを楽しむのも現代風ベートーヴェン体験かと思います。

サントリー定期ではアンチ・ピリオドの旗手―“よく存じ上げております(笑)”(野本)―広上淳一の指揮。私もアンチ・ピリオドですから、待ってました! という心境。
ところで広上はこの5月、N響で第7を、また新日フィルでも1日で6・3・4・5番を一気に演奏する予定。年末に予定されている日フィルとの第9を加えれば実に巨匠の7曲の交響曲を振ることになります。広上さん、どうしちゃったんですか? 何処かで2番と8番もやってくれないかなぁ~。

マエストロによる2曲の交響曲については、日フィルを含め様々な機会で接していますから細部は省略。改めて堂々たる大人の風格を漂わせた名演を堪能しました。
古典派の枠組みをキチンと守り、彼から生まれたロマン派的な感性の芽生えを其処此処に感じさせる指揮。例えばフォルテにしても、 f ff sf の違いを、あの独特な指揮振りで聴衆にも明快に伝えていくのでした。

私にとって今回の新発見は第2協奏曲。ソロの中村紘子は言わずと知れた大御所で、今回のベートーヴェンでも改めて彼女の大人度を再確認できました。
ショパンやチャイコフスキーなど、ロマン派作品では時に独特な崩しを聴かせる中村ですが、ベートーヴェンでは端正なスタイルに徹します。しかしカデンツァやロンド楽章になると、一寸したテンポの揺れや感情の起伏を取り込んでいく。
これは彼女の気紛れでは決してなく、ベートーヴェンと言う当時は斬新だった個性を反映させたもので、ここに後のロマン派の台頭を予見させるのもの。音楽を知り尽くした中村ならではの演奏解釈と聴きました。

第2楽章フィナーレのホルンを模したような信号音形から最後までの快い緊張感、自由自在な遊びに時を忘れるロンド。広上指揮のバックも、真に濃密にピアノをサポートし、これほどの名演を聴ける機会は稀有なものとさえ感じさせます。
嘘だと思ったら、近い将来にFMで放送される予定の実況録音を聴いてごらんなさい。この日は本格的な収録が行われていました。

ということでコンサート全体は2時間半になんなんとするもの。ホールを出ると時計は9時半を指していました。
エロイカの第1楽章提示部の繰り返しについて、対談では野本氏の問いかけに対し、“たぶんすると思いますが、ちょっと迷っているところです。第1楽章は、長いですからね”と答えていたマエストロ、結局は省略しました。(第1は書かれた反復は全て実行)
これも演奏時間を考え、演奏者にも聴衆にも優しい大人の処置であったと申せましょう。

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