東京フィル・第807回定期演奏会

昨日は久し振りに東フィルのサントリー定期を聴いてきました。7月には2回もあったサントリー定期ですが、今秋はこれが初めて。定期は月に1回と決まっていないところが、如何にもピットに入ることが多い東フィルの特色でしょうか。

創立100周年、「響 悠久の約束」と題された2011-12シーズンの東フィルは「日本の力」を結集したシーズン。その中でも11月定期はユニークなプログラムでした。指揮者は唯一日本人ではなく、同団の首席指揮者ダン・エッティンガー。プログラム誌に記載された通りの演奏曲目は以下の内容でした。

ワーグナー/楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲
ワーグナー/歌劇「ローエングリン」第2幕~“エルザの大聖堂への入場”
ワーグナー/歌劇「タンホイザー」第2幕~“歌の殿堂をたたえよう”
R.シュトラウス/歌劇「サロメ」~“七つのヴェールの踊り”
R.シュトラウス/歌劇「ばらの騎士」第2幕~“ばらの献呈”
R.シュトラウス/歌劇「ばらの騎士」第3幕~“元帥夫人、ゾフィー、オクタヴィアンの三重唱”
     ~休憩~
グルリット/歌劇「ナナ」第1幕~第1景
グルリット/歌劇「ナナ」第1幕~小序曲と第3景
ヴェルディ/歌劇「アイーダ」第2幕~“アイーダとアムネリスの二重唱”~“凱旋行進曲”~“終曲”
 指揮/ダン・エッティンガー
 ソプラノ/横山恵子、吉原圭子
 メゾ・ソプラノ/井坂恵、中島郁子
 テノール/児玉和弘、高田正人、福井敬
 バリトン/萩原潤、村林徹也、山下浩司
 バス/ジョン・ハオ
 合唱/東京オペラ・シンガース(合唱指揮/宮松重紀)
 コンサートマスター/荒井英治

一見すると東フィルの得意分野であるオペラの名曲集ですが、選曲にはもっと深い意味が籠められています。
それを明らかにするべく、事前にプレトークも開催されました。よくある曲目解説のプレトークとは異なり、「時代背景と浅草オペラ」と題されたテーマに則り、45分間にも及ぶもの。開場は通常より1時間早い夕方5時半に設定されています。

プレトークは音楽評論家・片山杜秀氏と音楽ジャーナリスト・岩野裕一氏との対談形式。時折記録音源の再生も含め、明治開国以降の日本に於ける西洋音楽の受容史と、東フィルの立ち位置が語られました。
使用された音源には浅草オペラの記録として藤原義江の歌う椿姫の乾杯の歌や、講談風のカルメン、プリングスハイム指揮によるローエングリンの一節(藤山一郎の歌唱)からグルリットが残したドン・カルロの一部(川崎静子の歌)など。
そして最後に紹介されたマンフレート・グルリットこそが、今定期の主役たる東フィルの育ての親、日本オペラ界の礎を築いた巨匠。この日のプログラムは、「グルさん」として親しまれたマエストロへのオマージュなのです。

当日配布されたプログラムが一驚もの。127ページもの大部で、グルリットに関する資料が満載、永久保存版と言える貴重な一冊でしょう。
グルリットの略歴や作品表に加え、三品信氏による“「グルさん」びいきの甘い感懐”、西野稔氏の“マンフレート・グルリットと日本”、“マエストロ外山、グルリットを語る”などどれも興味深い一文です。
中でも夫人であったグルリット日高久子さんの「夫・グルリットの傍らで」と、グルリット時代のコンサートマスター・夏目純一氏(夏目漱石の長男)が残した「コンサートマスターの席から」とは、これまでほとんど知られていなかったマエストロの側面に触れられる、正に目から鱗の重要証言だと思いました。

改めてグルリットの偉大さに思いを馳せつつ、コンサートが始まります。
噂を聞きつけてか、会場もいつも以上の聞き手に満たされ、テレビカメラが何台も入って演奏会を収録していました。(テレビは不明ですが、NHK-FMで放送予定とのこと)

エッティンガーと東フィルが取り上げたのは、グルリット自身の作品の他にグルさんが日本に初めて紹介した作品ばかり。氏によって日本初演された作品は、「魔笛」「ドン・ジョヴァンニ」「後宮からの逃走」「フィデリオ」「タンホイザー」「ローエングリン」「ニュルンベルクのマイスタージンガー」「ウェルテル」「ボリス・ゴドゥノフ」「ばらの騎士」「サロメ」等々、世界名作歌劇全集の様相。以下はプログラムを読み返してくださいな。

記念コンサートはマイスタージンガーでスタート。終了してから合唱団が登場してオーケストラ(対抗配置でした)の後ろに並び、ワーグナーの合唱曲が2曲。
タンホイザーでは、P席に陣取った6本のトランペットが朗々と響きます。

ここでコーラスは一旦退場し、再びオケが陣容を整えてサロメの踊り。再度舞台のセッティングを変更し、指揮者の周りに歌手が並ぶスペースを確保。ばらの騎士から二つの場面が演奏されました。
配役は、ゾフィー/吉原圭子、オクタヴィアン/井坂恵、マルシャリン/横山恵子、ファーニナル/萩原潤の面々です。

ここで休憩が入り、後半はグルリット作品から。
以前、ゲルト・アルブレヒトが読響で「ヴォツェック」を演奏会形式でとりあげたことがありましたが(残念ながら私は聴いていません)、グルリット作品がサントリーホールに響くのはそれ以来のことではないでしょうか。

歌劇「ナナ」はエミール・ゾラの原作をマックス・ブロートが独訳したものが台本となっており、1933年4月にマンハイムで初演が予定されていたもののナチの介入で中止された由。初演はようやく1958年4月にドルトムントで行われたのだそうです。
荒筋を読むと、「ルル」と「ナクソス島のアリアドネ」を合体させたもののようでしょうか。

今回取り上げられたのは、ファム・ファタルの主人公ナナがパストラーレを披露する第1幕第1景とそれに続く小序曲、パリの劇場で上演される芝居の場面でナナが歌い、合唱がカンカンで称える第3景。音楽はメロディックなもので、シェーンベルクやベルクのような難解なものではありません。
ツェムリンスキー、リヒャルト・シュトラウス、ワイルなどにも通ずる親しみ易さを湛えた作品と聴きました。
ここでの配役は、ナナ(舞台女優)/吉原圭子、フォンタン(ナナと暮らしている俳優)/萩原潤、ボードナーヴ(劇場支配人)/山下浩司、ゼウス(劇中劇の役)/児玉和弘、劇作家/高田正人の諸氏。ナナのコケティッシュな魅力が聴きどころです。

そして最後のヴェルディ。コーラスは一旦下がり、再び陣容を改めて登場します。ナナとアイーダでは各パートの配置が異なるためですね。

アイーダから取り上げられたのは、所謂「凱旋の場」。プログラムには三つの場面が列記されていましたが、要するにアムネリスとアイーダによる「情景と二重唱」から第2幕の最後までの全曲です。スコアで言えば、練習記号Fから幕の終わりまで一切カット無し。もちろんバレエ音楽も演奏されましたし、P席のアイーダ・トランペットは左右3本づつ。
キャストは、アイーダ/横山恵子、アムネリス/中島郁子、ラダメス/福井敬、アモナズロ/村林徹也、ランフィス/山下浩司、エジプト国王/ジョン・ハオの皆さん。

これは見事でした。単なるオペラの一場面の紹介を遥かに上回る素晴らしい演奏で、正に「日本の力」を見せ付けた圧巻のアイーダと言えるでしょう。
横山/福井のヴェテラン勢はもちろん健在ですが、私にとっての驚きはアムネリスを堂々かつ深々と歌い上げた中島郁子と、立派な国王で存在感を誇示した中国出身のジョン・ハオ。この二人、いや、このキャストで舞台公演が実現するなら黙って聴きに行きますね。いやぁ~良かった!!
初めて聴いた(見た)中島郁子は、2008年にミラノに留学し、あのヴェルディの声国際声楽コンクールのファイナリストにも選ばれたそうな。日本では藤沢オペラ(カヴァレリア・ルスティカーナ)で注目されたようですが、これからの注目大型メゾでしょう。

指揮したエッティンガー、さすがに彼はオペラ指揮者ですよ。交響曲では若干癖が気になりますが、オペラでは水を得た魚の如し。抑揚やクライマックスへの盛り上げ方など、指揮者としての主張を堂々と通し、且つ歌手のパワーを最大限に引き出すことに成功していました。

ステージの設定や出入りに時間が掛かったこともあり、ホールを出て時計を見たら午後10時5分前。実に盛り沢山、収穫の多い定期演奏会でした。この水準なら、天国のグルさんも満足でしょう。
時々はこういうコンサートも良いな、ウン。

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