チャンピオンの中のチャンピオン

当ブログで度々紹介してきたように、今年からイギリスの秋競馬が変わりました。その目玉となる「ブリティッシュ・チャンピオン・デイ」が昨日、アスコット競馬場で開催されました。
一言で言えば、競馬人気の長期低落傾向に歯止めをかけようというもの。手元に資料などが無いので具体的な数値を挙げることはできませんが、競馬場に出掛けるファンの数は戦後からずっと低下傾向が続いていました。
特に英国の秋は、フランスの凱旋門賞を中心にした競馬フェスティヴァル、アメリカのブリーダーズ・カップ・シリーズの陰に隠れてしまい勝ち。そこでもう一度世界の目をイギリスに向けよう、観客動員数を増やそう、という目的で秋競馬の再編成が試みられているのですね。

実は、この試みは今回が初めてではありません。秋のアスコット開催に「英国競馬祭」 Festival of British Racing という概念が導入されたのは、未だ競馬の統括団体がジョッキー・クラブだった1987年のこと。一日に4鞍のパターン・レースを行ったのは、当時としては異例な豪華版でした。
当時はこれを「英国版ブリーダーズ・カップ」 Britain’s Breeders Cup と宣伝し、世界の目も改めてアスコットに集中、観客動員数にも回復傾向が見られました。

しかしこの成功は一時的、効果は限定的なものに留まりました。失敗の大きな原因は、アスコット・セプテンバー・ミーティングには1マイル半の大レースが組めなかったことにありましょう。凱旋門賞を1週間後に控えたタイミングでは、到底無理な相談でした。
現在でも言えることですが、競馬の花形と言える距離は1マイル半、2400メートルです。ギニーよりはダービーに、QEⅡよりは凱旋門賞に関心が集まるのは、日本の報道を見ても判るではありませんか。
今回の改変は、ニューマーケットとアスコットの開催をスクランブルし、凱旋門賞フェスティヴァルとブリーダーズ・カップ・シリーズの中間に各距離のチャンピオン・シップを集中させるもの。アメリカのBC(Breeders Cup)に対抗してイギリスのBC(British Champions)ということになるでしょう。
今年は一日のパターン・レースが5鞍、うちGⅠは2鞍という内容で、新設されたレースはありません。これが成功するか否か、ファンとしては見守っていくしかないでしょうね。

ということで本題に入ります。開催全体にキプコ・グループ Qipco がスポンサーとなり、一日6レス、第1レースから第5レースまでパターン・レースが続き、最終第6レースは見習い騎手によるハンデ戦というプログラムです。
今年は好天と秋の輝きに恵まれ、入場人員は2万6千749人と、英国としては大盛況だったようです(日本では考えられない位の少なさですね)。馬場状態はズバリ good 、何よりもレヴェルの高い熱戦が続いたことが成功の要因でしょう。
中でもチャンピオンの中のチャンピオン、フランケルの圧巻が最大の貢献者でしたが、ここではレース順に取り上げていきます。

さて第1レースはブリティッシュ・チャンピオンズ・ロング・ディスタンス・カップ British Champions Long Distance Cup (GⅢ、3歳上、2マイル)。名称こそ新しいものですが、去年まではジョッキー・クラブ・カップ Jockey Club Cup として親しまれてきたレースで、これまでニューマーケット競馬場のチャンピオン・ミーティングで行われていたもの。同時期ながら競馬場が替ったと思えば良いでしょう。これまでと同じGⅢ格。

10頭のステイヤーが揃い、12対5の1番人気にはゴドルフィンのオピニオン・ポール Opinion Poll が挙げられていました。長距離チャンピオン・シリーズのアスコット・ゴールド・カップで2着、その後グッドウッド・カップとロンスデール・カップに連勝し、惜しくもドンカスター・カップで2着していた馬。
アスコットでそのオピニオン・ポールを破って優勝したフェイム・アンド・グローリー Fame And Glory も出走してきましたが、その後2戦続けて凡走していたため3対1の2番人気に甘んじていました。レース直前でも馬券的には嫌われていたようです。

レースは逃げ馬を4ハロン地点で交わして先頭に立ったジェイミー・スペンサー騎乗のフェイム・アンド・グローリーが、直線で大外から追い込むデットーリ騎乗の本命馬オピニオン・ポールを1馬身4分の1差寄せ付けず貫録勝ち。ハナ差接戦の3着にはカラー・ヴィジョン Colour Vision が食い込みました。1・2着はゴールド・カップの再現。

同馬を調教するエイダン・オブライエン調教師によれば、フェイム・アンド・グローリーはシーズン当初からゴールド・カップを目標に相当なキツい調教を重ねてきた由。目標達成後は厳しいトレーニングを一旦は控えざるを得ず、それが愛レジャー・トライアル(リステッド、2着)と愛レジャー(4着)の凡走に反映してしまったのだそうです。秋のアスコットに向けて見事に立て直してきたのは、オブライエン師の調教術の賜物。
今後の予定は白紙ですが、当然ながらイェーツ Yeats の航跡を踏むべく、来年のアスコット・ゴールド・カップが目標になるでしょう。

続く第2レースは、対照的なブリティッシュ・チャンピオンズ・スプリント・ステークス British Champions Sprint Stakes (GⅡ、3歳上、6ハロン)。以前のダイアデム・ステークス Diadem S で、去年までアスコットのセプテンバー・ミーティングに組まれていた一戦。前のレースとは逆に、競馬場は同じながら時期が3週間ほど遅れることになります。格はこれまでと同じGⅡ。

GⅡながら短距離界のチャンピオン決定戦とあって、出走馬は16頭。ジェームズ・ファンショウ厩舎の有力2頭に期待が集まり、5対2の1番人気にはファンショウ厩舎のディーコン・ブルース Deacon Blues が支持されていました。今期初戦こそ2着だったものの、その後パターン・レース3鞍を含めて4連勝中の急激な上がり馬です。
前走でゴールディコヴァ Goldikova を破ったフランスのムーンライト・クラウド Moonlight Cloud (フレディー・ヘッド厩舎)が10対3の2番人気。ファンショウ厩舎のもう1頭、ソサエティー・ロック Society Rock が7対1の3番人気で続きます。

レースは、逃げたフーレイ Hooray をジョニー・ムルタ騎乗の本命ディーコン・ブルースが捉えたところで決定的。そのまま2着ウィズ・キッド Wizz Kid (これもフランスからの遠征馬、ロベール・コレ厩舎)に1馬身半差を付ける圧勝に終わりました。首差3着にリブランノ Libranno の順。
勝ったディーコン・ブルースは、去年の3歳時は8戦1勝でしかなかったものが、今期は6戦5勝。ファンショウ師に言わせれば“あんびりーばぼー”な成長で、来期は名実ともにGⅠ馬になることを目標にしてくるでしょう。

第3レースのブリティッシュ・チャンピオンズ・フィリーズ・アンド・メアズ・ステークス British Champions Fillies ‘And Mares’ S (GⅡ、3歳上牝、1マイル4ハロン)は、旧プライド・ステークス。その以前はプリンセス・ロイヤル・ステークスと呼ばれていた一戦で、去年まではニューマーケットのチャンピオンズ開催で行われてきたもの。やはりGⅡ格だったレースで、長距離戦同様に競馬場が変更されたケースです。

ドイツから参戦を予定していた1頭が取り消し、10頭立て。サー・ヘンリー・セシル厩舎の新星で、ヨークシャー・オークス2着のヴィータ・ノーヴァ Vita Nova が7対2の1番人気に支持されていました。同じく未知の魅力を秘めたフェルドース Ferdoos が4対1の2番人気、やや捻くれた選択と言えなくもありません。

結果は1・2番人気が夫々9・10着と凡走。6対1の3番人気に並んだ3頭のうちの1頭、ダンシング・レイン Dancing Rain が予定通りに逃げ切ってしまいました。2馬身差2着にバイブル・ベルト Bible Belt 、更に2馬身4分の1差で3着にガートルード・ベル Gertrude Bell 。
ダンシング・レインは、拙ブログでも血統プロフィールで扱ったオークス馬。鮮やかに逃げ切ったのは記憶に新しいところですが、そのあとアイルランド・オークスでは失敗。8月にはドイツ(デュッセルドルフ競馬場)に遠征し、独オークスでも一人旅で2つ目のGⅠを手にしていました。
アイルランドでの失敗を二度と繰り返さないと誓ったジョニー・ムルタ騎手(ドイツではキーレン・ファロン騎乗)は、一つ前のスプリントに続くチャンピオン・ダブル達成です。
調教師はもちろんウイリアム・ハッガス師で、この後は日本遠征となる模様。日本の秋、国際レースは海外の牝馬が多数登場してくる予感がしますね。

そして第4レースが、この日最大の呼び物となったクィーン・エリザベスⅡ世ステークス Queen Elizabeth Ⅱ S (GⅠ、3歳上、1マイル)。ブリティッシュ・チャンピオンズ・マイル British Champions Mile のタイトルが括弧書きで添えられていますが、去年まではアスコットのセプテンバー・ミーティングのメイン・イヴェントとして行われていたGⅠ戦。ヨーロッパのマイル・チャンピオン決定戦の位置付けです。使われるのは直線の1マイル・コース。

8頭が出走してきましたが、4対11の圧倒的1番人気に支持されたのは、無敗のチャンピオンであるフランケル Frankel 。一般的な興味は、勝てるかではなく、どのように勝つか、にあると言っても過言ではないでしょう。
敢えて挑戦する2番人気(6対1)のエクスセレブレーション Excelebration 陣営も、3番人気(7対1)のインモータル・ヴァース Immortal Verse 陣営もレース前には自信を覗かせていましたが、結果はワンサイドでした。

フランケルのペースメーカーであるバレット・トレイン Bullet Train が後続を引き離しての逃げ。中団に控えるフランケルは、最初は顔を横に向けてやや掛かり気味。恐らくペースメーカーの速いペースでも、フランケルにとっては各駅停車のように感じられるのでしょう。
鞍上トム・クィーリーの思惑より若干早くゴーサインを出されたフランケルは、半ばからは独走態勢。いつものようにグングンと加速すると、2着エクスセレブレーションに4馬身、3着インモータル・ヴァースには更に3馬身半差を付ける圧勝でファンを狂喜させました。結果も人気通り、負けたエクスセレブレーション陣営も、インモータル・ヴァース陣営も敗因はありません。要するに最強馬が実力通り勝った、と言うに尽きます。

サー・ヘンリー・セシル師は、フランケルの今季終戦を宣言。来シーズンも現役に留まり、来年は1マイル4分の1を目指すとのコメントを出しています。
オーナーのカーリッド・アブダッラー殿下は、“私の所有した最高の馬”と発言しましたし(氏はダンシング・プレーヴ Dancing Brave のオーナーでもありました)、ほとんどの観衆が“生涯で見た最高の馬”と絶句しています。

競走馬の評価では最高の権威を誇るタイムフォームが、フランケルを「143」に評価するという噂が伝わってきました。1946年に独自の評価方法で世界各国の競走馬を格付けしてきた同社の評価は、
145 シーバード Sea-Bird
144 テューダー・ミンストレル Tudor Minstrel
144 ブリガディア・ジェラード Brigadier Gerard
がこれまでのトップ・ランクで、フランケルは史上4番目の強豪と評価されることになります。来シーズンはより長い距離に挑戦し、先行3頭に追い付き、追い越すことが出来るか。来年もフランケルとセシル師から目が離せないシーズンになりそうです。

さて最後、第5レースはチャンピオン・ステークス Champion S (GⅠ、3歳上、1マイル2ハロン)です。ブリティッシュ・チャンピオンズ・ミドル・ディスタンス British Champions Middle Distance がその副題。当然ながら去年まではニューマーケットのチャンピオン・ミーティングのメイン・イヴェントだったレースで、今年から競馬場が替ることになります。

12頭立て。凱旋門賞4着から中1週でソー・ユー・シンク So You Think が出走し、7対4の1番人気。3着だったスノー・フェアリー Snow Fairy も再対決、8対1の3頭並んだ3番人気です。2番人気(5対1)は、最終的に凱旋門賞を回避したセントレジャー馬ナサニエル Nathaniel 。

レースはランサム・ノート Ransom Note とナサニエルが並んで先行する展開。3番手に付けたライアン・ムーア騎乗のソー・ユー・シンクが直線で先頭に立って逃げ込みを策しましたが、直後に付けたクリストフ・スミオン騎乗の伏兵(12対1)シリュス・デ・ゼーグル Cirrus Des Aigles が激しい左ムチに応えて追い込み、最後は4分の3馬身抜け出して優勝。2着ソー・ユー・シンクと3着スノー・フェアリーとの着差は半馬身差でした。(凱旋門賞での両馬の差も半馬身)
以下、3番人気の一角ミッドデイ Midday 4着、ナサニエルが5着。3番人気のもう1頭ドバイ・プリンス Dubai Prince はドン尻12着敗退です。
勝タイムの2分2秒52は、アスコット競馬場の10ハロンのレコードだそうです。

フランスのコリーヌ・バランド=バルブ夫人が調教するシリュス・デ・ゼーグルは、これまでGⅠレースには何度か挑戦しながら入着まで、優勝は初めてとなります。2週前の凱旋門フェスティヴァルではドラー賞(GⅡ)に出走し、2着でした。去年の秋は日本と香港に遠征して結果がでませんでしたが、強硬日程だったのが原因。今年は香港だけに絞るそうです。
一方3着のスノー・フェアリー陣営は、去年と同じ日本遠征を明言しています。

ところで有終の美を飾るはずのチャンピオン・ステークス、最後で英国競馬界に暗雲が立ち込めています。
実はイギリスでは、今週の月曜日(10月10日)からムチの使用に関する新しいルールが導入されています。平場競走では、ムチの使用は7回に限られ、最後の1ハロンでは5回までの使用しか認められません。チャンピオン・ステークスでは、スミオンは最後の1ハロンでムチを6回使用したため騎乗停止5日間の裁定が下され、更に罰金として5万ポンドが課せられます。5万ポンド(日本円に換算すれば6百万円)は大金で、スミオンがこの勝利で得た収入は全て持って行かれてしまいます。
当然スミオンは納得しません。“ボクはムチを使うためにここに来たんじゃない。馬から最大限の能力を引き出すために来たんだ。ボクがしたのは、馬の能力を引き出したことだけじゃないか” と不満を爆発させています。

この新ルールには賛否両論が渦巻いていて、デットーリは比較的早くから同意していましたが、リチャード・ヒューズは猛反対、ライセンスを返上してサッサと引退してしまいました。
(この日も本来なら騎乗していたハノン厩舎の馬、スプリントのリブランノにはファロンが、QEⅡのディック・ターピン Dick Turpin にはスミオンその人、ドバイ・ゴールドにはムルタが乗り替わっています。)

この件に関しては、来週の月曜日に競馬主催団体のBHA(British Horseracing Authority)と、PJA(Professional Jockeys Association)との間で協議が持たれることになっています。BHAが何故チャンピオン・デイの1週前になって慌ただしく新ルールを導入したのか、競馬界全体としてのコンセンサスが得られていたのか、今後も大いに議論されるべき問題でしょう。

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