偉大なる兄弟

昨日の日記でも紹介したように、秋の英国競馬はニューマーケットとアスコットで2日連続のフェスティヴァルで落ち着きそうです。2日目の10月18日は、アスコット競馬場で5鞍のG戦。こちらは1日6レース、第1レースから第5レースまでがG戦連続となります。
馬場はこの時期としてもかなり重く、heavy 、所により soft という状態。やはりこの馬場が結果に大きく影響しましたが、これも競馬、固い馬場ばかりが良い訳じゃありません。

最初はブリティッシュ・チャンピオンズ・ロング・ディスタンス・カップ Britush Champions Long Distance Cup (GⅡ、3歳上、2マイル)。以前はジョッキー・クラブ・カップとして知られていたレースで、去年まではGⅢ戦。今年からGⅡに格上げました。
9頭が出走、今年のアスコット・ゴールド・カップを制したリーディング・ライト Leading Light が2対1の1番人気に支持され、後日薬物検出により失格となったものの、実際のレースでは2着だった一昨年のゴールド・カップ覇者エスティメイト Estimate (8対1、4番人気)との再対決が楽しみです。

パドックで3番人気(8対1)のパラセイター Pallasator が放馬するアクシデントもありましたが、レースはビッグ・オレンジ Big Orange の逃げでスタート。人気のリーディング・ライトがスパートした時、隣にいた2番人気(3対1)のフォーゴットゥン・ルールズ Forgotten Rules に2度もぶつけられたことが響いて一気に後退、7着に敗退するという残念な結果に終わってしまいました。
優勝は、そのフォーゴットゥン・ルールズ。8番人気(25対1)のバイオグラファー Biographer に1馬身4分の3差を付け、首差でお騒がせパラセイターが3着。女王のエスティメイトも重馬場が堪えて最下位に敗退し、直後に半淑牝馬として引退することが発表されました。日本なら審議の対象、失格も有り得るラフなレースでしたが、結果重視の英国では審議にもならず、入線通りで確定しています。

デルモット・ウェルド厩舎、パット・スマーレン騎乗のフォーゴットゥン・ルールズは、4歳馬ながらこれが未だ3戦目で無傷の3連勝。デビューは何と今年4月の障害開催で行われた平場の2マイル戦で、8月にはゴルウェイの14ハロンの一般戦に連勝しています。来年のアスコット・ゴールド・カップが最大の目標で、早速3対1という高いオッズが出されました。
なお、スマーレン騎手には不注意騎乗の咎で3日間の騎乗停止が課せられています。

2つ目は旧ダイアデム・ステークスとして知られたブリティッシュ・チャンピオンズ・スプリント・ステークス British Champions Sprint S (GⅡ、3歳上、6ハロン)。来年からGⅠに格上げされることが決まっており、アスコットのチャンピオン・シリーズの目玉の一つになることは間違いありません。
2頭が取り消して15頭立て。先週カラーのリステッド戦を制して好調のヴィズトリア Viztoria と、短距離G戦の常連ゴードン・ロード・バイロン Gordon Lord Byron が5対1で並んでの1番人気。

レースはアン・サイジュール An Saighdjur の逃げで始まり、スタンドに近い側を先行していた人気の一角ゴードン・ロード・バイロンが針の穴を抜けるように差し切っての快勝。1馬身4分の1差2着には8番人気(14対1)のトロピックス Tropics が入り、首差で3番人気(11対2)のジャック・デクスター Jack Dexter が3着。ヴィズトリアは9着敗退に終わりました。
トム・ホーガン厩舎、ウェイン・ローダン騎乗のゴードン・ロード・バイロンは、2012年のラ・フォレ賞、去年のスプリント・カップと既にGⅠに2勝している6歳馬。今期はスプリント・カップ2着、前走フォレ賞も2着と惜敗が続いていましたが、ここで去年のスプリント・カップ以来の勝利を手にしました。タフなスプリンター、2週後のブリーダーズ・カップ参戦の可能性もあり、まだまだ海外での活躍が見込めそうです。

第3レースはブリティッシュ・チャンピオンズ・フィリーズ・アンド・メアーズ・ステークス British Champions Fillies & Mares S (GⅠ、3歳上牝、1マイル4ハロン)。以前のプリンセス・ロイヤル・ステークスで、去年からGⅠに格上げされています。10頭が出走し、去年の覇者シール・オブ・アプルーヴァル Seal of Approval が4対1の1番人気。

そのシール・オブ・アプルーヴァルは、ゴチャついたスタートで後方からの競馬。ウィール・ゴー・ウォーキング We’ll Go Walking が逃げ、残り1ハロンで5番人気(7対1)のチキータ Chicquita が抜けましたが、ここで大きく左に寄れてスタンド側に斜行。ここに最後方を進んだ7番人気(12対1)のマダム・チャン Madame Chiang の末脚が炸裂し、2番人気(9対2)シルク・サーリ Silk Sari に2馬身差を付けていました。勝ちを逃したチキータが首差で3着。シール・オブ・アプルーヴァルも追い上げましたが、更に4分の3馬身及ばず4着に終わっています。
デヴィッド・シムコック厩舎、ジム・クロウリー騎乗のマダム・チャンは、今期初戦でミュジドラ・ステークス(GⅢ)に勝ってクラシックに乗った3歳馬。オークスは11着、前走ヴェルメイユ賞挑戦も8着に終わりましたが、文字通りの重の鬼。馬場に恵まれてやっと本来の力を発揮したと言えそうです。これが未だ5戦目、来年も現役に留まり、古馬としての成長に一層期待しましょう。
一方敗れたチキータ陣営、左に寄れるのは同馬の癖で、オブライエン父子は恐れていたことが起きたと、ガックリ。やはり馬場、それに凱旋門賞(15着)の疲れもあったのでしょうか。

そして今年のマイル王決定戦ともなるクィーン・エリザベスⅡ世・ステークス Queeun Elizabeth Ⅱ S (GⅠ、3歳上、1マイル)。11頭が出走、レヴェルの高い3歳馬3頭が顔を揃え、クラシック以降勝鞍が無いものの今年の2000ギニー馬ナイト・オブ・サンダー Night Of Thunder が2対1の1番人気。もちろん馬場状態を考慮に入れてのオッズです。
トップ・ノッチ・トント Top Notch Tonto の逃げ、4番人気で5連勝中のカスタム・カット Custom Cut が2番手を追走しましたが、ゴール前では順位がガラリと入れ替わる劇的なレース。突き抜けたのは中団に待機していた3番人気(5対1)のチャーム・スピリット Charm Spirit で、残り1ハロンで先頭に立つと、後方から追い込むナイト・オブ・サンダーを半馬身寄せ付けずの完勝です。更に半馬身差で9番人気(25対1)のトゥールモア Toormore が3着、終わって見れば3歳馬が1着から3着までを独占していました。
2・3着は今週末は運の無かったリチャード・ハノン厩舎、全日はアイヴァウッド、エスティドカーで勝てず、今回の本命馬も今年のリーディング当確のリチャード・ヒューズをもってしても勝てませんでした。ヒューズ騎手には泣きっ面に蜂、ムチの過剰使用で4日間の騎乗停止も付いています。競馬では強い馬が必ずしも勝てるわけではありませんが、勝った馬が強いことは間違いありません。勝ちに不思議の勝ちが無いのが競馬、良い時もあれば、悪い時もあるのです。

勝ったチャーム・スピリットは、フランスのフレディー・ヘッド師がオリヴィエ・ペリエとのコンビで送り込んできた名マイラー。2000ギニーこそ5着でしたが、その後GⅢ勝ちから初めてジャン・プラ賞、ムーラン・ド・ロンシャン賞とマイルGⅠを総舐め。これで4連勝、GⅠも3連勝として、早々と種牡馬として引退することが公表されました。マイル部門では、これも引退してしまったキングマン Kingman との代表馬を争う立場です。

そのキングマンとダービー馬オーストラリア Australia の再戦が期待されていたのが、チャンピオン・ステークス Champion S (GⅠ、3歳上、1マイル2ハロン)。両雄が共に引退して興味は半減したかに見えましたが、それでも9頭が参戦し、話題には事欠きません。フランスの古豪シリュス・デ・ゼーグル Cirrus des Aigles が7対4の1番人気。前走ドラー賞で1着復活を果たしましたが、進路妨害で理不尽な5着失格。ここは名誉挽回と行きたいところ。

4番人気(7対1)のノーブル・ミッション Noble Mission が逃げましたが、唯の逃げ馬ではありません。後続から6番人気(16対1)と評価を下げていたアル・カジーム Al Kazeem が抜け出して2頭の一騎打ち。最後はノーブル・ミッションのガッツが勝り、首差で優勝。1馬身4分の1差の3着には2番人気(5対2)の新星フリー・イーグル Free Eagle が食い込み、シリュス・デ・ゼーグルは5着敗退に終わりました。
ゴール板通過後、仲の良いジェームス・ドイル(勝馬)とジョージ・ベイカー(2着馬)がハイタッチ、互いの健闘を祝福していたのが印象的です。但し良いことばかりでもありません。ドイル騎手はムチの過剰使用により7日間の騎乗停止と1万ポンドの罰金、それでも価値のある「ムチの過剰使用」でした。

ノーブル・ミッションに付いては改めて紹介する必要もないでしょう。2年前にチャンピオン・ステークスを無敗で制したフランケル Frankel の全弟。故ヘンリー・セシルを引き継いだレディー・セシルの管理馬ということもあり、レース後の観客の喝采は凄まじいほど、もちろんエリザベス女王陛下も混じっていました。
トトソルズ・ゴールド・カップ、1着馬の失格によって転がり込んだサン=クルー大賞典に続き3つ目のGⅠ制覇となった同馬は、5歳にしてなわ成長を続けたという驚異の弟でもあります。陣営からアメリカ競馬参戦の計画が持ち上がった時、オーナーでジャドモント総裁のアブダッラー殿下が“待て! チャンピオン・ステークスの兄弟制覇を目指そう”と一喝したのは、正にお伽噺の実現。今年の競馬ドラマを締め括る最高の舞台となりました。
それにしても2着のアル・カジーム、惜しい所で勝利を逃したチキータ、スプリントを制したゴードン・ロード・バイロンと、2週前にロンシャンで凱旋門の舞台を走った馬たち(フォレ賞も同日)。激闘から2週間で次の大舞台で活躍する辺り、改めてヨーロッパの馬たちの肉体的・精神的強さに驚かされます。
凱旋門賞に挑んだ日本の3騎、距離的なハンデがあるとはいえ、彼らのタフさを習得しない限り、世界一の座は遠いと考えざるを得ません。ロンシャンから菊花賞、あるいは天皇賞を経てジャパン・カップという路線を堂々と歩む気概が無ければ、海外遠征は見直した方が良いのではないでしょうか。

 

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