サルビアホール クァルテット・シリーズ第2回

先々週末、6月10日から12日にかけての3日間でベートーヴェン・マラソンを敢行したパシフィカ・クァルテット、その後も各地でコンサート・ツアーを続けています。
先週の木曜日(6月16日)には青葉台のフィリアホールでの演奏会があり、私もチケットを買っていたのですが拙宅に急遽内装工事が入ってしまい、結局は行けず仕舞でした。翌日のサントリーは日本フィル定期とバッティング、私は隣の大ホールでショスタコーヴィチの第10交響曲を聴いていたんでしたっけ。

そのあと彼らは名古屋で公演(6月18日)、そして昨日は再び首都圏に戻って鶴見でツアー最後の公演を行いました。私共はその最終回を聴くことにし、隣町の鶴見に出掛けます。
スタートしたばかりの新企画、サルビアホールのクァルテット・シリーズ(略してSQS)の第2回公演。プログラムは以下のもの。

メンデルスゾーン/弦楽四重奏曲第1番変ホ長調 作品12
ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏曲第8番ハ短調 作品110
     ~休憩~
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第7番ヘ長調 作品59-1「ラズモフスキー第1」
 パシフィカ・クァルテット

因みに彼らはこの後オーストリアのシュヴァルツェンベルクで一晩のコンサートを開き、アイルランドに飛んでバントリーで開かれるコーク室内楽フェスティヴァルに参加するのだそうです。

さて、この6月にエクセルシオでスタートしたSQS、第2回はプログラムに「曲目について」と題された1枚のペラ紙が挟まれていました。第1回のレポートの際に曲目解説が無いことを指摘しましたが、早速の改善に敬意を表しましょう。これで随分と鑑賞の手掛かりになるものです。
その曲目、当初はシューマンが予告されていましたが、彼らが来日してから急遽メンデルスゾーンに替った由。オーケストラやオペラと違い、クァルテットの場合は演奏者の希望によって土壇場での変更が比較的起こり易く、運営側の苦労が偲ばれます。その意味では、プログラムなどの印刷物は簡素にしておく方が小回りが利くというもの。このスタイルが良いのじゃないかと思慮します。

メンデルスゾーンは、私が初めてパシフィカに接した作曲家でもあります。最初は第2番でしたが、二度目の来日の時には第1番も聴きましたし、全曲のCD録音にも接しました。
今から5年ほど前は、メンデルスゾーン・ルネサンスの渦中。パシフィカがその中心的存在であったことを懐かしく思い出しました。
メンデルスゾーンと言えば甘くロマンティックなイメージでしたが、パシフィカのメンデルスゾーンはもっと作品への踏み込みが深いもの。第3楽章の「エスプレッシーヴォ」は魂を揺さぶるようだし、第4楽章のスリリングな展開は、初期ロマン派の長閑な風景を一変させるに十分な迫力でした。先ず大きなブラヴォ~がかかります。

思えばメンデルスゾーンは「クラシスト」。それを基本にロマンティックな音楽を展開した作曲家です。
構成が基本であることと流れるようなメロディーを持っていることではモーツァルトとも比較されますが、古典派音楽の4楽章作品は前半2楽章が比較的重い音楽、後半2楽章が舞曲などの軽い音楽で構成されているのに対し、メンデルスゾーンはその逆。第1弦楽四重奏曲では第2楽章に軽やかな「カンツォネッタ」が置かれ、作品の力点は後半の2楽章に移行しているのです。
パシフィカ・クァルテットの演奏で聴くと、メンデルスゾーンのこの特質に嫌でも納得させられてしまうのでした。

乱暴な言い方をすれば、メンデルスゾーンは「幸福な」音楽であるのに対し、2曲目のショスタコーヴィチは「不幸な」音楽。作品の性格を対比させたプログラムも中々に説得力があります。同じ♭3つの調でありながら、メンデルスゾーンが変ホ長であるのに対し、ショスタコーヴィチがハ短調というのも象徴的。
シューマンをメンデルスゾーンに差し替えたのには、そんな理由があったのでは、と考えてしまうほどです。

その説得力こそ、パシフィカのショスタコーヴィチ演奏の特質でしょう。まるで自叙伝とも言える第8番。ショスタコーヴィチ全曲の丁度中点に位置するこの作品は、音楽の構造もシンメトリック。全体に「レ・ミ・ド・シ」(ショスタコーヴィチ自身の音名象徴)が張り巡らされていることでは、金曜日に聴いた第10交響曲との共通点があると申せましょう。
作品には第10交響曲だけではなく、交響曲の第1・第5・第7・第8・第11番も顔を出し、チェロ協奏曲やムツェンスクのマクベス夫人など自作の引用も聴かれます。
更には「怒りの日」、「死の舞踏」も使われ、バッハ、ベートーヴェン、ワーグナー、チャイコフスキーを連想させる場面も登場してくるという具合。それはショスタコーヴィチが独創性に欠けるという意味ではなく、「仄めかし」を聴き手に意図させる狙いがあることは間違いないでしょう。

パシフィカは、作品の構造を見事に把握しているだけでなく、この「仄めかし」を聴き手に明瞭に意識させる点が見事。特に、第4楽章でチェロがハイ・ポジションで「マクベス夫人」のアリアを響かせるページ(練習番号62)は感動的でした。

後半のベートーヴェンは、サントリーホールのマラソンでも聴いたばかり。サントリーの比較的大きな空間で聴くのと、サルビアの100席ホールで聴くのとでは音響的な圧力感に差が出るのは当然のことです。後は好みの問題でしょうが、私には昨夜の方が圧倒的に感じられました。しかし演奏の質そのものに相違があるわけではありません。

マラソンとは違ってアンコールもありました。“今日はありがとうございます。アンコールにベートーヴェンのカヴァティーナを演奏します。どうぞお聴きください”。

ヴィオラのマスミが日本語で曲目を告げ、ベートーヴェンの作品130からカヴァティーナ。マラソンではパスした回に演奏された一楽章だけに、当方は“やったぁ~”の気分。
今現在の心境では、自分の臨終の枕元で最後に聴きたいのがカヴァティーナです。「演奏」には、「弾く」「歌う」「奏でる」「響かせる」など様々な言い回しがありますが、カヴァティーナの場合は「紡ぐ」が一番ピッタリくるのじゃないでしょうか。そんなアンコールでした。

最後に、彼らの新録音のニュース。
この日も演奏されたショスタコーヴィチの弦楽四重奏全集がレコーディングされるそうです。レーベルはメンデルスゾーン全集も手掛けたセディーユ Cedille 。
アルバムはショスタコーヴィチとその周辺にスポットを当てたもので、CD二枚組(嬉しいことに価格は1枚分とか)が4組。第1弾は今年9月発売で、ショスタコーヴィチの5番から8番までの4曲にミャスコフスキーの第13番をフィルアップしたものの由。

以下第2集は1番~4番+プロコフィエフの2番、第3集が9番~12番+ヴァインベルクの6番、完結篇は第13番~第15番にシュニトケの第3番が組み合わされます。

もう、出たら即買うっきゃないでしょ。全国の、いや世界のパシフィカ・ファンの皆さん、CD発売を見逃しなく。

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