日本フィル・第638回東京定期演奏会

2月の九州楽旅を終えた日本フィルが東京に戻ってきました。東京大学より先にシーズンを秋スタートに変えた日本フィルは、3月がシーズン後半の開始となります。
思えば去年の3月、日フィルも大震災の影響をまともに受けました。震災当日の定期、直後に行われた香港ツアーを率いたのも、今回と同じく地震が大の苦手な首席指揮者アレクサンドル・ラザレフでした。
1年前は持病の腰痛が悪化、その後の手術を経て完全復帰を果たしたマエストロは元気一杯、その猛将振りを十二分に発揮した東京定期は圧巻としか言いようがありません。「ロシアの魂」ラフマニノフ・シリーズの第2回は、最も人気のある第2交響曲がメインです。

エルガー/チェロ協奏曲
     ~休憩~
ラフマニノフ/交響曲第2番
 指揮/アレクサンドル・ラザレフ
 チェロ/横坂源
 コンサートマスター/扇谷泰朋
 フォアシュピーラー/江口有香
 ソロ・チェロ/菊地知也

日本フィルの好調振りが漸く世間にも伝わってきたのか、金曜定期にしては大入りの客席です。何でも土曜日は残席僅少とか、財政再建が急務の日フィルにとっては明るい兆しと見たいところ。

さて前半はラザレフには珍しくエルガーです。マエストロのレパートリーにどの程度エルガーが含まれているのかは知りませんが、英国オケのポストを務めていたラザレフのこと、シッカリ英国音楽も自分のものにしているのでしょう。中々気配りの効いた堂々たるエルガーでした。

ソロを弾く横坂源は13歳で在京オケと協奏曲(サン=サーンス)を共演したそうで、現在20代半ばにして既に錚々たるキャリアを積んでいる人。もちろん日本フィルとも既に共演していますが、何故か私は今回初めて接したチェリストです。巡り合わせでしょうか。
冒頭エルガー独特のノビリメンテ nobilimente で始まる重音奏法からして強いアタック。美音というよりも演奏への強い意志と作品への積極的な姿勢が感じられます。
サントリーホールディングスから貸与されている1710年製 Pietro Giacomo Rogeri を駆使した演奏は、一般的なエルガーのイメージより強面な印象ながら、存在感十分な逞しい作品像を描いていたと感じました。

また、ラザレフ指揮の日フィルも真に緻密なバックで若いソリストを支えます。
4楽章で構成されているこの協奏曲は、前曲の最後に前の楽章の回想部分が置かれているのが特徴。今回のプログラム曲解には第1楽章冒頭の回想が紹介されていましたが、実はその直前に第3楽章も回想されるのですね。解説者は気が付かなかったものと見えます。
その第3楽章回想と第1楽章回想の間はフェルマータで繋がるのですが、ソロの高音が休止した後も弦合奏が弱音で和音を引き延ばします。この部分でラザレフがオケに指示した弱音は、ほとんど鳴るか鳴らないかの境目。絶妙な pppp (大袈裟に表記すれば)の持続に、晩年のエルガーの心境を見るよう。具体的にスコアの個所を指摘すれば、練習番号72の1小節前。

美しいエルガーに酔った後、愈々期待のラフマニノフ。あれほど身の毛も弥立つ様な弱音を聴かせたラザレフ、果たしてラフマニノフはどうなることか。
エルガーとラフマニノフとの組み合わせ、プログラムには「ロシアとイギリスは音楽先進国に遅れて発展した国」と「弦楽器による長大で、憂いにみちた旋律を持つ」点とが共通点に挙げられていましたが、実は両曲とも最終楽章で前の楽章が回顧されるという共通点もあるのですな。

今回の第2交響曲、やはりラザレフの解釈は他とは一線を大きく画するものでした。
先ず出だしが違う。チェロとコントラバスの pp を、ほとんど聴こえないような弱音で始めます。エルガーで例示した個所と良く似た扱いですね。その後の管楽器による mf の和音を、逆に普通以上に大きく息づかせます。この対比で聴き手の耳を一度に捉えてしまうのでした。

アンサンブルの緻密なこと。それは第1楽章第2主題の扱いに現れています。ラフマニノフを象徴するようなメランコリックな旋律は、実は細かい弦の3連音で装飾されているのですが、この3連音のアンサンブルが見事に合っていること。恐らくリハーサルではここを徹底的に仕上げたのだろうと想像されます。
第2楽章中間部に出現するヴァイオリン+ヴィオラのアタック(練習番号37の4小節前から)の強さは、ラザレフのスコアの読みが如何に徹底しているかの証明でしょう。
そして第3楽章。クラリネット(伊藤寛隆)の見事なソロも然ることながら、楽章を閉じる弱音が無に帰して行く弦合奏の絶妙な減衰。

圧巻は猛スピードで突き進むフィナーレ。ラフマニノフ作品の演奏は、弦楽器の豊かなソノリティーが命、という言い方もできるでしょう。ラザレフが目指したのは、正にこのツボだったと思われます。
巨体を左右に振り分け、ずり落ちそうになる眼鏡を何度も左で戻し、最後は眼鏡を外してオケを体全体でドライヴして行くマエストロの指揮姿こそ、「ロシアの魂」そのものでした。
この大熱演に、客席は否でも応でも大喝采を贈ってしまいます。

首席クラリネット・伊藤を指揮台に上げて讃え、何度もカーテンコールを繰り返したのちに大サービスのアンコール。演奏が始まる前に曲名が判ってしまいますよね。そう、ラフマニノフのヴォカリーズ。二日目を聴かれる皆さん、早目に席を立たないこと。この絶品ヴォカリーズを聴き逃してしまいますよ。

楽員と握手を交わし、楽員のボスに何事か語りかけたのは、どうやら弦群がマエストロの要求に達した満足だったそうで、“これでこそオール・ジャパン・フィル”だったとか。(ボス談)
演奏会終了後開催されたホワイエ交流会で知った一コマです。交流会、私は次の予定があるので中座しましたが、くじ引きプレゼントなどもあったようで、二日目も開催されるとのこと。時間に余裕のある方は是非。

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