日本フィル・第664回東京定期演奏会

先週横浜で「ツァラトゥストラ」を一気に聴かせてしまったラザレフ、今週は東京のファンの目と耳を釘づけにしています。曲目はロシアの魂を刻み込んだ2曲だけ。

チャイコフスキー/弦楽セレナーデ
     ~休憩~
ショスタコーヴィチ/交響曲第4番
 指揮/アレクサンドル・ラザレフ
 コンサートマスター/扇谷泰朋
 フォアシュピーラー/九鬼明子
 ソロ・チェロ/菊地知也

日本フィルは首席指揮者ラザレフの元で「ロシアの魂」シリーズを展開していますが、今期から第3シーズンとしてショスタコーヴィチがスタートしました。(日フィルは9月を起点とするシーズン制です)
その第一弾が第4番。この辺りが如何にもラザレフで、誰でも知っているような5番や1番、9番などはシリーズでは取り上げないでしょう(ホントは取り上げて欲しいんですけどネ)。このあと予告されているのは11番と8番で、ショスタコーヴィチ好きはこれだけで納得してしまいそう。初回の第4番も聴く前から“凄いことになりそうだ”と期待が高まるものでした。

その期待を上回る名演が出現したのは、既に聴かれた方はご存知の通り。これから聴かれる方、間違っても知らない曲だからパス、なんてことのないように。

チケットは二日目は完売とのことで、初日の昨日は前売りに並ぶ人の列も出来ていました。
会場に入ると、舞台に収録用のマイクがズラリと並んでいるのが目に飛び込んできます。好評だったラフマニノフ・シリーズ同様CD化される予定なのでしょう。聴いた方はもちろん、聴き逃した方もゲットすべし。

前半はコマーシャルにも使われ、誰でも知っている馴染の一品。しかしこれがまた凄い。クラシック音楽を聴き慣れたファンはこれを「弦セレ」と略していますが、とても「げんせれ」で表現するような演奏ではありませんでした。思わず居住まいを正すようなチャイコフスキー。
ラザレフの力の入れようも相当なもので、第1楽章の立体的な響かせ方、単に甘いワルツには堕さない第2楽章等々。普段あまり演奏中に声は出さないマエストロですが、第2楽章の肝でもある第20小節からの ff では唸り声が客席にも届くほど。

第3楽章のエレジー、開始の pp のこれ以上出来ないと思えるような弱音の素晴らしさ。これが ff で一段落すると、ピチカートに乗って歌いだす主題は、これぞロシア。チャイコフスキーは西洋音楽の書法を積極的に取り入れた作曲家ですが、こうした「こぶし」を聴かせることでロシア人としてのアイデンティティーを確保しているのです。正にラザレフが描くロシアの魂。
エレジーが pppp で消えるように終わると、不思議なことに終楽章はヴァイオリンが全く同じ音を p で響かせて開始するのです。私はここで思わず春の到来を感じてしまいました。更に連想を広げれば、このセレナードは夏から始まる四季を描いたようにも聞こえてきます。最後に冒頭主題が戻ってくるのも、春が夏に代わって1年が循環しているよう。
冒頭の有名な「ド→シ→ラ」と下降するテーマは、第4楽章のアレグロ主題にも繋がるもので、実は循環首題の様に作品全体を統一するキーでもあるのですね。

ラザレフが明らかにしてくれたのは、これは弦楽セレナーデというタイトルではあるものの、弦楽器のための交響曲であるということ。天下の名画がすっかり洗浄されて新たな姿を現したよう。

 

そして後半のショスタコーヴィチ。第4交響曲は初演目前で作曲家自身が取り下げたということになっていますが、真相は闇の中。ショスタコーヴィチは自作に付いては寡黙だったため、作品には後世の様々な憶測が巡らされてきました。
これを初演したのは、モスクワ響と来日、後にN響にも客演したキリル・コンドラシン。そのコンドラシンに後を託されたのが、今回の指揮者ラザレフでした。従ってラザレフの第4は、恐らく最もショスタコーヴィチの肉声に近い演奏と言えるのでしょう。以前の様にマエストロ・サロンがあれば、その辺りを指揮者本人の口から聞けたのでしょうが、それだけは残念でした。

しかしラザレフの意図は、増々緊密度を深めている日本フィルとの演奏で見事に表現されていたと思います。全曲が暗示的なチェレスタの高音「レ」で閉じられた後もラザレフの両手は細かく震え、沈黙暫し。祈る様な動作の後、マエストロは両手で顔を覆いましたね。これが何を意味するのか、この名演を目撃した人の想像に任せましょう。
ここまでがショスタコーヴィチの第4交響曲。恐らくコンドラシンはもちろん、天上で聴いていたショスタコーヴィチも大絶賛を贈ったはずです。

カーテンコールはいつものラザレフに戻っての大サービス、凄いのはこのオケだよ、私の心は聴き手の皆さんと繋がっていますよ、という独特のジェスチャー。
ラザレフはリハーサルが厳しいことで知られていますが、それに耐え、乗り越え、圧倒的な合奏力でオーケストラが堪えられるのも、終演後に見せるマエストロの明るくフレンドリーなキャラクターがあるからでしょう。正に掛け替えのない巨匠です。

 

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