日本フィル・第275回横浜定期演奏会

先週の土曜日、3月24日に横浜みなとみらいホールで行われた日本フィル・横浜定期のレポートです。実は翌日の早朝には京都に向かったため感想を書けず、3日遅れの日記となった次第。記憶を辿りつつ回想して行きましょう。以下のプログラム。

ブラームス/ピアノ協奏曲第1番
     ~休憩~
ブラームス/交響曲第3番
 指揮/アレクサンドル・ラザレフ
 ピアノ/河村尚子
 コンサートマスター/扇谷泰朋
 ソロ・チェロ/菊地知也

前の週に東京定期で圧倒的なラフマニノフ/第2交響曲を演奏したラザレフと日本フィル、横浜のブラームスにも期待が高まります。
実際この日は満席に近い入りで、いつもの横浜定期や日本フィルのコンサートでは見掛けない顔も多く見かけました。恐らく東京定期を聴いたか、その評判を耳にしたクラシック音楽ファンが横浜遠征に踏み切ったものと思われます。

東京では「ロシアの魂」と銘打ったロシア音楽の連続演奏に挑戦しているラザレフですが、横浜では主にその他のレパートリーを取り上げてきました。ブラームスもその一人。既に第1と第4交響曲を披露し、残るは第2のみ。恐らく近い将来ブラームス交響曲全集を完成させる予定でしょう。
ラザレフのブラームス? と首を傾げる向きもあるでしょうが、ドイツ系演奏とは一味違うものの、ブラームス解釈としては何の違和感もないラザレフ版ブラームスは既に定評あるところ。今回も改めて三大Bの一人の交響楽に新風を吹き込んで見せました。

今回は協奏曲と交響曲の2本立て。何とも良いプログラムじゃありませんか。個人的な趣味を言わせて貰えれば、4つあるシンフォニーの中で最も好きなのは第3番だし、ピアノ協奏曲なら2番よりも1番が私の好みです。どちらも中々名演と呼べるものに出会えないのも共通点でしょうか。

前半はブラームスとしては若書きのピアノ協奏曲第1番。ラザレフの豪快な6つ振りで音楽がスタートします。始まって間もなく、第1主題の豪壮な響きが再現した直後のヴァイオリンによる8分音符の下降音型。ここでラザレフは左足で指揮台を踏み付けるようにして弦群を煽ります。そう、ブラームスの情熱はこうでなくちゃ、ね。
ソロの河村尚子、私としては「the」と定冠詞を付けても良いほど将来を期待しているピアニストで、初めて日フィル定期でリスト(ルカーチと共演した第2番)を聴いてから、そのずば抜けた音楽性に注目してきました。
彼女の場合、努力して「西洋音楽」を克服してピアノ演奏技術を習得したという経歴ではなく、ドイツに生まれて自然に「クラシック」原語が身に付いてしまったタイプ。日本人という枠ではなく、音楽人としてその音楽を聴くことが出来る稀有なレヴェルなのです。

自分のピアノ演奏を磨くにとどまらず、他の音楽家の演奏にもキチンと向かい合う。そうした姿勢は、先週の東京定期(金曜日)でも客席に彼女の姿を見出しましたし、彼女の出番とは全く関係ないコンサート(例えば広上指揮など)で遭遇したこともあります。
耳の良さはもちろん、センスも抜群なようで、今回もラザレフとはロシア語でやり取りしていたという噂も耳にしました。優れた指揮者たちが真っ先に共演を望むのは、河村尚子その人ではないでしょうか。

河村/ラザレフの相性もピタリ。第2楽章でピアノと弦楽合奏が交わす会話に於ける pp の妖しいまでの美しさは、思わず息を止めて聴き入るほど。ここを聴いていて、ブラームスはベートーヴェンの第4ピアノ協奏曲の緩徐楽章を意識していたのだろう、ということに思い至りました。
日本フィルもラザレフの猛特訓に耐えて見事。第3楽章のスタッカートが連続するフガート風なアンサンブルも緻密そのものでした。役割を分担する(当時のナチュラル・ホルンの制約により1番と3番がソロを交互に分担する)ホルン信号の動機も完璧に吹かれます。ここは日フィルのお家芸でしょう。

ソリストによるアンコールは、当然ながらブラームスから間奏曲作品118の2。ここでも河村の音楽性の高さと、暖かく包み込むようなピアニズムに改めて感銘を受けました。ブラヴァ!

後半の第3交響曲。第3と言えば作曲者枯淡の境地などと評されますが、ラザレフのアプローチは全く違います。第1ピアノ協奏曲と寸分違わない作曲者の情熱が沸々と煮えたぎる様な第3交響曲。
ラザレフは冒頭楽章を2つ振りではなく、アグレッシヴに6つ振りで一気にスタートします。第2主題(4分の9拍子)に至って漸く3つ振りになりますが、それも束の間、直ぐに6つ振りに戻ると、提示部の繰り返しをせず(ラフマニノフの第2交響曲も同様でした)に展開部へと突入して行くのでした。
マエストロの指揮姿を見ていると少々忙しなくも感じられるのですが、導き出される音楽は真に推進力に富んでいて、棺桶に脚を突っ込んだような表現には決してなりません。

普段耳にする一般的な演奏に比べ、コントラファゴットの低い振動音が良く聴こえてくるのもラザレフ流で嬉しい限り。この楽器が聴こえて来ない演奏はダメですね。
第2楽章の経過句、第55小節目にあるヴィオラの3連音符を強調して聴かせるのも、ラザレフならではの譜読みでしょうか。この楽章では3連音による微妙な暈しが如何にもブラームスなんですから、書かれている以上は聴こえるように演奏するのが当然です。

横浜ではアンコールが用意されているのも楽しみの一つ。実は事前にボスから“内緒だけど何だと思う?” と聞かれて一発で正解しちゃったんですが、アンコールは又してもブラームスからハンガリー舞曲第4番。
時折客席に向かって“さあ、もっと音量を上げて”というジェスチャーで沸かせた第4は、ブラームスの演歌そのもの。ロシアには「ロシア演歌」とでも言うしかないような音楽もあって(例えばスヴィリドフの「嵐」)、ラザレフのチャイコフスキーからラフマニノフ、ブラームスは皆繋がっているという説にも強引ながら納得させられてしまうのでした。
この大熱演に客席は大喜び。早くも次回のラザレフ来日が話題になっています。

なお、この演奏会を最後にヴァイオリンの石井啓一郎氏が退団されました。石井氏と言えば映画にもなったほど旧財団時代から日本フィルを背負ってきた名物男。この日もラザレフに促されて指揮台に上がり、“おぉーッ”と言わんばかりに花束を抱えた両腕を広げ、客席の歓呼を浴びていましたネ。
長い間ご苦労様でした。

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