日本フィル・第647回東京定期演奏会

1月の日本フィル東京定期は、いきなり首席指揮者ラザレフ登場です。マエストロが続ける「ロシアの魂」シリーズ、今回はシーズンⅠラフマニノフ4と銘打たれていました。あれ、もう3回もやっていましたっけ。
頃は大寒、1年で最も寒い今の季節、寒風を避けるべくコートの襟を立ててサントリーホールに向かうと、ホール正面のエントランス上空に冴え冴えとした寒月が雲間から白い姿を現しました。望月を二日後に控えた月には何人もの人が気付いたようで、夫々に携帯カメラを向けてシャッターを切っています。
今回のプログラムは、

ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第2番
     ~休憩~
ラフマニノフ/交響曲第3番
 指揮/アレクサンドル・ラザレフ
 ピアノ/ハオチェン・チャン
 コンサートマスター/木野雅之
 フォアシュピーラー/江口有香
 ソロ・チェロ/菊地知也

日フィルの公式 twitterによれば、金・土両日ともチケットは完売だそうで、いつもは並んでいる前売り窓口は閉まったまま。改めてラザレフ人気の沸騰振りが偲ばれます。
なるほど客席は金曜日にも拘らず隅々まで埋まっていて、多少なりともアベノミクスの影響もあるのか、と考えた次第。それに話題のハオチェン人気が加わっているのかも知れませんね。

その未だ22歳の新鋭ハオチェンが弾くラフマニノフ、これには仰天しました。1990年上海生まれ、6歳でデビュー・リサイタルを開いたというのですから、テクニックは唖然とするほど。
出場したコンクール全てで「史上最年少」で優勝する快挙。実は2009年のヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールでも同様だったのですが、日本では同時優勝した辻井伸行にばかり話題が集中してハオチェンは忘れられがち。
今回初めてそのピアニズムに接した限りでは、本命はハオチェン・チャンで間違いないと確信できました。とにかく凄い、だけでなく音楽的にも完成されていると言って良いでしょう。

飄々と登場したチャン、冒頭の8小節の和音進行を聴いただけで、“これは只者ではない”ということが判ります。打鍵が強く、深く、音楽全体を俯瞰する展望を兼ね備えていること。
ラザレフ指揮のオケも編成はフル、16型でバックを付けているにも拘らず、ピアノはどんな繊細な音でも管弦楽にマスクされずに響き渡る。こんな圧倒的なラフマニノフの2番には、個人的には初めて接したと思います。

ラザレフの譜面の読みも徹底したもの。これは相変わらずですが・・・。
第1楽章展開部を一例に引くと、練習番号8の17小節目から。ピウ・ヴィーヴォでピアノ・ソロが Cis の高音を連打、それが3連音符に変わる辺りのピアノの鋭くも正確な打鍵に感嘆していると、練習番号9でヴィオラが別のフレーズでピアノを支える。
ここなどは明らかにラザレフがリハーサルで繰り返し確認させたことが判る場面で、イージーゴーイングな演奏とは明らかに区別できる輪郭の明瞭さが耳を衝きます。

全てがこの調子。この聴き古された名曲は協奏曲の枠を大きく踏み越え、シンフォニーの様相を呈して来るのでした。

チャンは喝采に応え、直ぐにアンコール。曲名は判りませんが、中国民謡であることは直ぐに聴き取れました。ラフマニノフとは別世界の、柔らかくも美しいピアノの音色に惹き込まれます。
演奏会終了後にホワイエで曲目を確認すると、やはり中国民謡で題名は「彩雲追月」。咄嗟に思ったのは、ホール入場時に見た月。色付いた雲が切れ、顔を出した月を追う人々の目は、正に民謡の題材じゃないか。何かを持っている人には天も味方する、何となく頭を過った感想でした。

さてメインは、ラフマニノフの最後の交響曲。日本フィルも含め何度かナマ演奏に接してきましたが、やはりラザレフのは並の演奏じゃありません。
第1楽章の提示部には繰り返し記号がありますが、ラザレフはもちろんノー・カット。しかも繰り返された提示部がピタリと同じレヴェルで弾かれるのは、当然と言えば当然ですが、緻密なリハーサルで練り上げた成果でしょう。楽員に何の不安も存在しません。
ハープについても、ラフマニノフの示唆通りに2台が据えられていました。もちろんパートとしては一つなのですが、ここにもマエストロの拘りが見て取れます。過去の体験はどうだったか記憶にありませんが、こうした些細な事実がシッカリと頭に刻まれます。

作品の構成にしても同じ。冒頭、譜面を見ずに聴くと何の楽器で演奏しているか判らないほど(クラリネット+ミュート付ホルン+ソロ・チェロ)不思議な音色のテーマで開始しますが、ラザレフはこれを極端な弱音で響かせます。これによってこのテーマが重要であることを聴き手に植え付ける。
実はこの序奏主題、第1楽章の最後にも、第2楽章の開始にも、同じく第2楽章の最後にも登場します。今回認識できたのは、実は第3楽章のテーマ(4小節目から出るオーボエ属+クラリネット)も、その終結も同じテーマであること。
このテーマ(宿命の主題、とでも名付けられましょうか)はたった3度の範囲を上下するだけで、フィナーレの最後のみ4度に広がるだけ。これが第3楽章後半で出現する「怒りの日」主題の変形であることは明らかでしょう。

ラザレフは、こうしたことを聴き手に納得させる発信力を備えているのです。

オケも大熱演。マエストロの取る猛烈に速いテンポ~崩壊の一歩手前~に必至で食らい付きます。第3楽章の練習番号80の12小節目から始まるフーガのアンサンブルは、思わず息を止めて聴き入るほどに切迫したもの。
最後でラザレフが“どうだぁ~”と言わんばかりに客席に向かって仁王立ちになるのも、いつものポーズ。

ところで、今回は指揮台に上がったマエストロが頻りにヴィオラ・セクションに何やら話しかけていました。協奏曲が始まる前でさえ、目と笑顔で語りかけている。シンフォニーが終わった後も、こちらは聴き取れないけれど何か大声で。
気になったので、それとなく“ラザレフさん、何て言ってたんですか?” と聞いてみると、“XXX、XXXXXX”との答え。なぁるほどと納得しましたが、ここで公表するわけにはいきません。
もし知りたい方がおられましたら、何処か演奏会会場でそれとなく私に聞いて下さいな。内緒で教えて差し上げましょう。

ラザレフ/日フィルはこのあと九州公演に出掛けますが、その前に池袋芸術劇場で都民フェスティヴァル、きゅりあんの特別演奏会に出演します。地元きゅりあんはパスし、九州で2公演を聴く予定のメリーウイロウって、何。

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