2012クラシック馬のプロフィール(11)
ヨーロッパのクラシック馬血統紹介、今年は今回が最終回になります。無事にキャメロット Camelot がセントレジャーに勝ってくれればこのコーナーは無かったのですが、タイムフォームの評価ではキャメロットは自身の能力以下の走りで三冠を逃し、新たなスターに脚光が当たりました。
そう、セントレジャーを制したエンカ Encke 。父キングマンボ Kingmambo 、母シャワンダ Shawanda 、母の父シンダー Sinndar という血統です。
例によって牝系ウォッチングですが、その前に父キングマンボについても復習しておきましょう。
キングマンボは、ここで敢えて紹介するまでもなくミスター・プロスペクター Mr. Prospector の直仔。ことサイヤー・ラインだけに絞れば、現代のサラブレッドの父系はノーザン・ダンサー Northern Dancer 系とミスター・プロスペクター系の二つに絞られていると言っても過言ではないでしょう。
そのミスター・プロスペクター系、今後も枝葉を伸ばしていく勢いの直仔は、凡そ次の7頭に絞られるような気がします。七星、七雄、七賢、七福神、いろいろ表現はありましょうが、生年順に挙げれば次の7頭です。即ち、
1977年生まれのファッピアノ Fappiano 、1978年のミスワキ Miswaki 、1983年ウッドマン Woodman 、1984年ゴーン・ウェスト Gone West 、1985年のフォーティー・ナイナー Forty Niner 、1987年マキャヴェリアン Machiavellian 、そして1990年生まれのキングマンボ Kingmambo 。
この七星の内、自身がクラシック・レースあるいはそれに準じたトップ・レースに勝ったのは、ミスター・プロスペクター20歳の時の産駒、言わば最後の巨星とも呼べるキングマンボだけ。フランス2000ギニーの勝馬ですね。
言い換えれば、この父系は自身の競走成績を上回る実績を挙げる産駒が多いということでもありましょう。クラシック級産駒が最も多いのもキングマンボのセールス・ポイントで、これを書いている時点でのクラシック馬を列挙すると、
1996年生まれのレモン・ドロップ・キッド Lemon Drop Kid (ベルモント・ステークス)
1997年生まれからはキングズ・ベスト King’s Best (2000ギニー)と、ブルーマンバ Bluemamba (仏1000ギニー)
2000年生まれのラシアン・リズム Russian Rhythm (1000ギニー)
2001年生まれのルール・オブ・ロー Rule of Law (セントレジャー)
2002年生まれではヴァージニア・ヴォーターズ Virginia Waters (1000ギニー)と、ディヴァイン・プロポーションズ Divine Propotions (仏1000ギニー、仏オークス)
2004年生まれのライト・シフト Light Shift (オークス)
2005年生まれのヘンリーザナヴィゲイター Henrythenavigator (2000ギニー、愛2000ギニー)
そして2009年生まれのエンカ、全部で10頭を数えるのも、ミスター・プロスペクター系では最多となります。
更に、2000ギニー馬キングズ・ベストもクラシック・サイヤーとして既に実績を挙げており、2007年生まれのワークフォース Workforce がダービーと凱旋門賞を制しましたし、エンカのセントレジャーと同じ日に行われた愛セントレジャーに勝ったロイヤル・ダイヤモンド Royal Diamond もまた、キングズ・ベスト産駒という具合。
それを言うなら日本ダービーのエイシンフラッシュを落とせませんし、ミスター・プロスペクター系の日本のクラシック級競走馬を思いつくまま数え出せば、マーベラスクラウン、アグネスデジタル、プリモディーネ、ラインクラフト、アドマイヤムーン、エルコンドルパサー、アルカセット Alkaased 、キングカメハメハ、ソングオブウインド、アパパネ、ローズキングダム等々。
これらの父が何で、どのクラシックを制覇したかは皆様で調べて下さい。文献に当たって自ら調べることが、血統ウォッチの最も面白い側面ではないでしょうか。
こういう話をしているとどんどん話題が横道に逸れてしまいます。本題に戻してエンカの牝系を探ってみましょう。
最初に驚くのはエンカの母シャワンダ(2002年、鹿毛)。彼女はレッキとしたクラシック・ホースで、愛オークスとヴェルメイユ賞と二つのGⅠ戦を制しています。
もう少し詳しく立ち入りましょうか。彼女は名門アガ・カーンの生産馬で、アラン・ド・ロワイヤー=デュプレ師が管理。3歳のデビュー戦は2着でしたが、シャンティーの未勝利戦(2000メートル)、ロンシャンのリステッド戦(2200メートル)、シャンティーのロヨーモン賞(GⅢ、2400メートル)と立て続けに3連勝。
遅れてきた女傑として2番人気(9対2)で臨んだ愛オークスでは、2着以下に5馬身差を付けて圧勝。秋初戦のヴェルメイユ賞も1対5の断然人気で楽勝しましたが、この時は騎乗したクリストフ・スミオンが取材班に良い写真を撮らせるためにゴール前で馬を緩め、2着に4分の3差まで詰められたことでジャーナリズムから顰蹙を買ったものでした。誰しも若い時には無茶をするものですね。
3週後の凱旋門賞ではハリケーン・ラン Hurricane Run (勝馬)などと共に1番人気を分け合いましたが、結局は6着。レース後に右後脚にヒビが入っていたことが公表されます。
それ以上に話題を攫ったのが、アガ・カーンが未だ現役を続ける予定のシャワンダをゴドルフィンに売却したこと。これまでアガ・カーンは、牡馬については日常的に現役馬を売却することはありましたが(デイラミ Daylami が一例)、自身の生産したGⅠ牝馬を売ることは一切ありませんでした。売ったとしても繁殖に上がっていた牝馬に限られていたのです。
牡馬を種馬としてサッサと売却するのはアガ・カーン家代々の伝統でもあって、初代は三冠馬バーラム Bahram をアメリカに売却して当時は散々に叩かれたものでした。しかし牧場の基礎を成す牝系を大切にするのはどの生産者も同じ。それだけにシャワンダの売却は世間を驚かせました。
今思えば、アガ・カーン家としては所有する繁殖牝馬の量を一定程度に抑えたいという意向が働いていたようですね。優れた牝系を数多く抱えるアガ・カーンとしては、死去したジャン・リュック・ラガルデールの馬(60頭以上と言われます)も引き受け、自身が限度としている220頭に達していたことも売却理由の一つでしょう。
繁殖牝馬は多ければ多いほど良い、と言うものではありません。G戦勝馬の輩出率という観点で見れば、アガ・カーンはゴドルフィンを遥かに上回っています。過去にも頭数を増やし過ぎて衰退を迎えたブーサック王国の事例もありましょう。日本でも馬可愛さの余り、能力の劣る牝馬まで繁殖に上げて失敗した大牧場もあります。シャワンダは、このような競馬経済学、競馬哲学の面にも一石を投じた一頭でした。
話は中々先に進みません。加速しましょう。
ゴドルフィンの管理下で繁殖に上がったシャワンダは、2008年に初産駒を儲けます。父にエンカと同じキングマンボを持つジーニアス・ビースト Genius Beast (鹿毛、牡馬)。当日記をご覧の方はお気付きのように、この馬は去年のクラシック路線に乗り、サンダウンのクラシック・トライアル(GⅢ)に優勝、フランスのオカール賞(GⅡ)でも2着。セントレジャーにも挑戦して8着でした。
エンカはその全弟。母シャワンダは、2年目の産駒でクラシック馬からクラシック馬の偉業を達成した事になります。
ところでアガ・カーンは、繁殖牝馬に交配する種馬を毎回変える方針を採用していますが、ゴドルフィン(ダーレー)は2年連続でキングマンボに配合。ここにも両陣営のポリシーに差があることが見てとれましょう。因みにシャワンダの3番仔はストリート・クライ Street Cry との配合でカントリー・ミュージック Country Music と命名された牝馬だそうです。
エンカの2代母はシャマウナ Shamawna (1989年、鹿毛、父ダルシャーン Darshaan)。彼女もアガ・カーンの生産馬ですが、2004年には他に売却され、アガ・カーンの手を離れました。
競走馬時代のシャマウナは2勝、娘シャワンダが勝ったロヨーモン賞では3着に入るミドル・ディスタンスの競走馬でした。
繁殖に上がったシャマウナ、上記のようにアガ・カーン時代は12年間で12頭の種馬に配合されています。その中からパターン・レースに勝つような馬は出ませんでしたが、1998年生まれのシャワラ Shawara (鹿毛、牝馬、父バラセア Barathea)が1マイルのリステッド戦、リューリー賞に勝ちました。
このシャワラはアガ・カーンの手元に留まり、6番仔として生まれたのが、今年の凱旋門賞でオルフェーヴルの強敵と目される1頭、シャレータ Shareta (2008年、鹿毛、牝馬、父シンダー Sinndar)。去年の凱旋門賞で2着に入って俄かに脚光を浴びましたが、今年もトライアルのヴェルメイユ賞を制して順調なことはご存知の通り。セントレジャーのエンカに続いてファミリーに輝かしい1ページを記録するかに注目が集まります。
このファミリーについてはこれだけで十分なようにも思われますが、もう少し続けましょう。
3代母シャムサナ Shamsana (1984年、鹿毛、父ニジンスキー Nijinsky)は未出走馬。アガ・カーンは彼女も1995年に売却しています。
4代母シャニザデー Shanizadeh (1974年、鹿毛、父ボールドリック Baldric)は4戦2勝。2歳時にシルヴィ―勝、3歳時にコドマン賞という小レースに勝っていますが、彼女の娘ではシャムサナの他に4頭が注目されます。
既に長くなっていますので生年順に簡単に綴ると、
1980年生まれのシャラヤ Sharaya (鹿毛、父ユース Youth)は、今や伝説の名手イヴ・サン=マルタン騎乗でヴェルメイユ賞を逃げ切ったGⅠ馬で、凱旋門賞は21着。何とこのファミリーから3頭のヴェルメイユ馬を出したことになります。
彼女は他にノネット賞(GⅢ)に優勝、サン=タラリ賞(GⅠ)も2着で、繁殖に上がってからも、娘シェリーザ Sheriyza が日本に輸入されてセントウル・ステークス、京阪杯、アイビス・サマーダッシュを制したサンアディユを出し、別の娘アナターゼ Anatase を経てナンソープ・ステークス(GⅠ)2着のハミッシュ・マゴナガル Hamish McGonagall を出しました。
次に1983年生まれのシャラニーヤ Sharaniya (黒鹿毛、父アレッジド Alleged)はエヴり大賞典(GⅡ)、ロワイヤリュー賞(GⅢ)、ミネルヴァ賞(GⅢ)と三つのパターン・レースを制し、娘マザヤ Mazaya を経て、締めて6つのG戦で入着したマンセフ Munsef の2代母になりました。
1989年生まれのシャンカラ Shannkara (鹿毛、父アカラッド Akarad)はアメリカのG戦、ニジャーナ・ステークス(GⅢ)の勝馬で、ジャージー・ダービー(GⅡ)2着など3つのG戦で入着したテッケン Tekken を出しています。
そして最後に1992年生まれのスタンピード(鹿毛、父サドラーズ・ウェルズ Sadler’s Wells)。彼女は日本で走り湯殿山特別(新潟1200メートル)に優勝、早来で繁殖生活に入りましたが、現在までの所では特別競走以上に勝った活躍馬は出ていないようです。
以上、やや長くなりましたが今年のセントレジャー馬エンカの牝系を見てきました。
このファミリーは遠くブラック・レイ Black Ray (10代母)を経てグランド・ダッチェス Grand Duchess に遡る牝系。名馬ミル・リーフ Mill Reef やブラッシング・グルーム Blushing Groom を擁するファミリーでもあります。
ファミリー・ナンバーは、22-d 。
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