サルビアホール クァルテット・シリーズ第16回

今日は先ずこのサイトをご覧あれ↓

http://www.apollon-musagete.com/

多くのクラシック音楽ファンの耳にも新しいクァルテット、アポロン・ミューザゲート・クァルテットの日本初登場を、例によって鶴見のサルビアホールで堪能してきました。
このサイトには彼らの動画も含まれており、見ての通りチェロ以外は立って演奏するスタイルの団体です。

今回は上記サイトで予め団についての情報を取得、自分なりのイメージを持って鶴見に降り立ちます。新装成ったシアルを抜け、喧噪の駅前、某M主党・T床総務大臣の選挙応援演説の前を黙って素通りし、ホールに一目散。
熱心なリハーサルが長引いているようで、暫しホワイエで待機します。モニターに映し出されているのは、情報通り立って演奏するために高く設定された譜面台の列。

今回が初来日となるアポロン・ミューザゲート・クァルテットは、当初「アポロ・ムザゲーテ・クァルテット」と表記されていましたが、主催者間の調整で名称を上記のもので統一したのだそうです。
最初は気が付きませんでしたが、Apollon Musagete とはストラヴィンスキーのバレエ音楽のタイトル。プログラムには記載がありませんでしたが、団体名がストラヴィンスキー作品から採られたことは明らかでしょう。
即ち、音楽を司る神アポロが、3人のミューズであるカリオペ(詩)、ポリュムニア(讃歌)、テルプシコーレ(舞踏)を導いてバルナッソスに登るというバレエの筋書きそのもの。芸術の多様な側面を統合しつつ頂点を目指すというコンセプトこそ、この若きクァルテットが基本に据える活動方針なのですね。

そのコンサート、これは正に事件でした。センセーションと言っても良いでしょう。これをサルビアホールで体験できるとは何たる幸せであったことか・・・。
プログラムは、11月15日にニューヨークのカーネギーホールでスタンディング・オヴェーションの大喝采を受けたのと同じもの。以下の内容です。

ハイドン/弦楽四重奏曲第62番ハ長調作品76-3「皇帝」
シマノフスキ/弦楽四重奏曲第1番作品37
     ~休憩~
スーク/古いコラール「聖ヴァーツラフ」による瞑想曲
ヤナーチェク/弦楽四重奏曲第1番「クロイツェル・ソナタ」
 アポロン・ミューザゲート・クァルテット

何と刺激的な選曲でしょう。鶴見に集う室内楽の熱烈ファンも納得のプログラム、どれも圧巻でした。

先ずメンバー。ポーランド人を中心にウィーンで結成され、第1ヴァイオリンがパヴェル・ザレイスキ Pawel Zalejski 、セカンドはバルトシュ・ザフオォト Bartosz Zachlod 、ヴィオラはピョトル・シュミエウ Piotr Szumiel 、チェロにピョトル・スクイヴェレス Piotr Skweres の面々。セカンドとヴィオラの「l」は、縦にスラッシュが入る特殊な文字で、普通のワープロでは表示できません、悪しからず。
結成は2006年ですが、ブレイクしたのは2008年のミュンヘン国際音楽コンクール。ほとんどの賞を総なめした由で、既に欧米では最も実力ある団体の一つ。今回の来日も知る人ぞ知る、という感じなのは意外なほどなのです。
上記サイトでも知られるように、2010年にはドイツの世界遺産都市ゴスラー Goslar で彼等自身が主催する音楽祭を創設、様々な組み合わせによる演奏のほか、アウトリーチや若手団体のコンクールまで活動する今旬のグループでもあります。

そして、音楽が凄い。
冒頭のハイドンからして違います。彼らの古典は、サイト上の録音や動画でも確認できるように、博物館に収まっているハイドンではありません。今現在も世界の街々を闊歩している活き活きとしたハイドン。長年の間に堆積した汚れを洗浄し、新たな視点で見入る名画のような印象を持ちました。
ソナタ形式は単なる楽曲構成の手続きを超え、生きた言語として語られる。喜怒哀楽が全て詰まっているような迫力。

彼らの十八番シマノフスキも圧巻。シマノフスキも初体験なら、これほどにロマンティックで、かつエロティックですらある音楽を聴いたのも初めて。彼らの底知れぬ実力に舌を巻きます。

後半、スークがまた凄い。このメディテーションは、後に弦楽合奏用にアレンジしたものをクーペリック指揮の古い録音で聴いてきましたが、ナマで、しかも弦楽四重奏版で聴くのは初めてのこと。
その切々たるクライマックスは、ほとんど息をするのも憚られるほどの緊迫感が支配するのでした。そしてファースト、パヴェルの表情といったら・・・。この背の高い、独特の風貌を持つファーストを一度見たら忘れられるものではありません。もちろん音楽も。

最後のヤナーチェクは言わずもがな。まるでたった今作曲されたような瑞々しさは、これまで散々聴いてきたヤナーチェクとは一線を画するもので、実に心が洗われる様な感動に満ちていました。

アンコール。パヴェルの野太いバリトンが、“イゴール・ストラヴィンスキー、タンゴ”と曲名を告げます。もちろん弦楽四重奏用のアレンジでしょうが、彼ら自身のオリジナル作品も演奏する団体のこと、恐らく自身でアレンジした一品と思われます。

弦楽四重奏の演奏会では、4人が揃って舞台の最前列に立って答礼するのが「これでお開き」の合図。もちろん鶴見の聴き手も十二分に承知していますが、最後の挨拶が終わっても客席の拍手は止みません。再度登場したメンバーがもう一度答礼を繰り返したところで幕。

繰り返し触れますが、サルビアホールの響きもこれ以上ないほどのもの。例えばシマノフスキの第1楽章はピチカートの sfff 、可能な限りの最強音で締め括られますが、その和音の残響が、そう10秒間は続いたでしょうか。
昔のオーディオ評論風に譬えれば、繊細でありながら豊かな響き。理想的な空間は、少なくとも東京のホールで得られるものではありません。

会場では彼らのデビュー・アルバム(エームズ盤)が販売されていました。買わずに帰る訳には行きませんね。そのCDには、彼らの師でもあり共演者でもあるABQのギュンター・ピヒラーが、“若い世代のクァルテットで、アポロン・ミュザゲートが The Best”と評しています。そう、ABQの後継者は、AMQなのでしょう。
帰りの車内で家内と、“ゴスラーまで追っかける価値はあるね”と、確認し合ったところ。
もしチラシで「Apollon Musagete」の名前を見たなら、黙ってチケットを買うべし。今回は鶴見を皮切りに、藝大の奏楽堂、岡山、札幌を経てトッパンホール(但しピアノとの合奏が主体のプロ)が最後とのこと。聴き逃した人は急げ、札幌へ、岡山へ。

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