サルビアホール クァルテット・シリーズ第18回

サルビアホール@鶴見のクァルテット・シリーズも第6シーズンを迎え、昨日はその第一弾を聴いてきました。急に春が訪れた東京地区、コートなしの出撃。
第6シーズンに登場するのは3団体、今回のオライオンに続いてはガラテア、ウィハンが予定されています。

事前に主催者から送付されてきたSQSニュースによると、オライオンは「待望の初来日」の由。アメリカでは最高レベルの評価を与えられていながら日本では全くの無名で、その日米落差がこれまでの来日を阻んできたのだそうです。道理で名前も初めて聴いたワケだ。
ニュースに添えられたぶらあぼ誌掲載のインタヴュー(渡辺和氏)によると、オライオンは若い音楽家が結成した団体ではなく、構成する4名は夫々のキャリアを積んだ上で1987年に結成。「このクァルテットが定員100人のホールで演奏するなんて、考え難いこと」との活字が踊っているではありませんか。
この事前情報を読んだだけで、ファン必聴の回であることが判ります。
そのプログラムは、

ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第16番
バルトーク/弦楽四重奏曲第6番
     ~休憩~
シューマン/弦楽四重奏曲第3番
 オライオン・ストリング・クァルテット Orion String Quartet

察しの良いファンは直ぐに気が付くと思いますが、3人の作曲家の最後のクァルテットを集めたプログラム。何ともメッセージ性の強い選曲で、演奏者はもちろん、聴き手にとってもハードな一夜となることが予感されます。

会場に入ると、先ずCD販売コーナーに目が行きます。展示されていたのは4点、ベートーヴェンの初期と中期のセット、あとは現代モノで、キルヒナー(カークナーとの表記もあり)の4曲を1枚に収めたアルバニー盤と「ヒポクラテスの冒険」と銘打たれたコッホ盤。
ニュースには「日本ではそのCDも手に入らない」(まさか!)と書かれていましたから、ついつい散財してしまいます。ゲットしたのはベートーヴェン中期とキルヒナー、休憩時間にも覗いてみたらキルヒナーは売り切れていましたっけ。

メンバーは以下の4人。アメリカを代表する室内楽プレイヤーで構成されます。即ち、
ヴァイオリン/ダニエル・フィリップス、トッド・フィリップス、ヴィオラ/スティーヴン・テネンボム、チェロ/ティモシー・エディ。

ヴァイオリンの二人は兄弟で、作品によってファーストとセカンドが入れ替わるとのこと。この回は兄ダニエルがファースト、弟トッドがセカンドで通していましたが、例えばベートーヴェン中期の録音ではラズモフスキー1番と3番は兄、2番は弟がファーストという具合です。
弟はクァルテットを結成する前にオルフェウス室内管を始めていたし、ヴィオラはあらゆるところであらゆる人と共演していたヴェテラン。チェロはカザルスに学んだ人で、団体としても師に当たるシャーンドル・ヴェーグによれば、エディーはカザルスを思い出させるそうな。
こんな経歴を持つオライオンですから、ヴェーグに言わせれば“大西洋の真ん中の響きがする”ということになります。彼らのホームページは↓

http://www.orionquartet.com/

ということで、またまた至福の一刻を味わってしまいました。最初のベートーヴェンからスケールの大きな表現。細部に拘泥するというより音楽の流れを大切にする演奏で、巨匠最後の境地を一気に弾き切ります。
この辺りが幸松氏CD評の「技術的に完成された域に達しておらず、表現に角が生まれてしまう」に通ずるのでしょうが、少なくともライヴで聴いた私の耳には、技術的にも表現としても最高水準のレヴェルにあると感じました。

続くバルトークも一気に演奏され、彼らの集中力に圧倒される思い。冒頭のヴィオラ・ソロによるメストからして、細やかで且つ芯の一本通った音色に魅せられました。さり気なく弾き出しながら、決して単調にはならない。
第2楽章の頭、同じメスト主題がチェロで奏される際には内声パートのトレモロが支え、迫り来る戦争の不安が過ります。続くマーチはナチの軍靴を皮肉ったものか、バルトークの祖国への想いに胸が痛みます。

大曲を一気に聴き終えた前半。ここでやっと大きく息を吐き出しましたが、これでコンサートが終了だとしても充分な満足感で後半に続きます。
そのシューマン、私のこれまでの印象では、今聴いたばかりのオライオンでは作品とのスケール感にギャップが生ずるのではとの不安も抱かれます。つまり、やり過ぎてしまうのではないか?

しかしそれは取り越し苦労。何とも堂々たるシューマンで、“シューマンのクァルテットって、こんなにスケールの大きい音楽だっけ”と驚かされました。冒頭の5度下降が如何にも意味ありげに響き、主題で直ぐに登場する8分音符のしなやかな上昇フレーズも、正に「大西洋の真ん中」を連想させます。第2主題を受け持つチェロの朗々たる歌、これがカザルスを思い出させるのでしょうか。
多彩で推進力に満ちた第2楽章。特にテンポ・リゾルートでの4人の丁丁発止には思わず手に汗を握ってしまいます。

以下、これまでのイメージを完全に覆してしまったシューマン。喝采に応えてシューベルトの「メヌエットと二つのトリオ ホ長調」がアンコールされました。
ドイッチェ番号が不明なので作品は特定できませんが、大作曲家最後の四重奏曲プログラムの緊張を解すのに相応しいアンコールですね。

初来日のオライオン、日本ツアーは鶴見が皮切りで、このあと武蔵野→晴海→兵庫→名古屋→熊本と休み無しで続きます。晴海以降は日本人ピアニストとの共演が続き、純粋な四重奏プログラムは晴海と武蔵野だけ。武蔵野のメインは死と乙女ですから、バルトークは聴けません。一晩聴くなら鶴見、が正解じゃないでしょうか。

ところで会場で配られた「ニュース」によると、急遽タカーチQの出演が決まったとのこと。今年秋の第7シーズンはパノハ、シマノフスキ、アトリウムという陣容が予告されていますが、これに伴って再編される可能性もある由。
来年1月にはミロQも登場するそうで、増々鶴見から目が、いや耳が離せませんナ。

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